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最近読んだ本の感想 vol.6

2011年08月13日
どうも、お久しぶりです。いやー、暑いから更新サボってました!すいません。あと、私生活で何かと忙しかったのもあるんですけどね。とにかく、リハビリも兼ねて久しぶりに最近読んだ本をちょっとばかしの感想付きで紹介したいと思います。

・大森望責任編集『NOVA5』

 もはやSF者の中では定番の短編発表媒体となった感があるSFアンソロジーの5巻目である。今回参加されている作家を羅列すると東浩紀/伊坂幸太郎/石持浅海/上田早夕里/須賀しのぶ/図子慧/友成純一/宮内悠介(五十音順/敬称略)と"ベストSF2010"で見事1位に輝いた上田さんから、なにかと行動がいい意味でも悪い意味でも話題となっている東さん、デビューしたての新人から半分行方不明の作家まで相変わらずバラエティに富んだ作家陣である。さすが大森望さん。

 さて個別の作品に移ると、上田早夕里「ナイト・ブルーの記録」は海洋SF。海洋有人探査機でキャリアを積んだ霧嶋恭吾が、無人海洋探査機と非浸食型神経接続装置を通じてワイアードし探査/操作を行う事で、無人探査機が将来自分で問題を解決することが出来るようになるための、経験値を上げるためのオペレータとして抜擢されるが、操作を続けるうちに霧嶋の精神に異常が発生するようになる…、といったストーリー。人間と機械の界面が浸食され新人類とでもいうべき人間が生まれるというのは、士朗正宗『攻殻機動隊』で草薙素子がネットワークから生まれた自称生命体である通称"人形使い"と融合することで人類の進化の階段を1段上がったようにポストヒューマンSFともとらえられるが、今作はそこまでは描かずにその一段上がる寸前の、人類の前日譚であると私は判断した。短編集『魚舟・獣舟』を読んだ人なら分かると思うが上田さんの文章はどこかホラーめいた所を感じさせる(テーマその物がストレートにホラーの場合もある)。今作も人類の夜明けだ!と感じさせるような明るい側面はあまり感じられず、その後の人類の前途多難さを臭わす、深海の暗さを心に落すような陰がある。上田さんの魅力が溢れている作品だ。須賀しのぶ「凍て蝶」は、ある時街で父が描いた山の絵を売っていたら、いたくその絵を気に行ったヨールと名乗る見た目はパッとしない女性と知り合ったことで非日常的な世界に次第に巻き込まれていく主人公の1人称で語られるファンタジー。街角でたまたま出会った女性に運命を感じ、その女性のために一生懸命尽くす主人公の愛あふれる行動は女性にはキュンと来るのではないだろうか。時に衝突あり、別れあり、和解ありで、SF色は薄いがロマンチック・ファンタジーとして楽しめる一作。友成純一「アサムラール バリに死す」は、題名からして『雨の朝巴里に死す』のもじりという事から想像がつくかと思うが、著者の実体験を交えて書かれたコメディチックな作品。作家・友成純一は作家人生にほぼ見切りをつけインドネシアで奔放な暮らしを送っていたが、ある時から長期間連絡が取れなくなった日本の編集者が怪しく思いインドネシアはバリ島を訪れてみると、そこで友成ことジュニチはアサムラールという現地の風土病に罹り死亡していた事を知る。その顛末はラップトップに残された原稿に残されていた…という物語。大森さんの解説によるとほぼ実体験であると言う事だが、まったくもって羨ましいけしからん生活をバリ島で送っている著者のこの作品は、東南アジアのエネルギッシュさとどこか日本人から見ると奇異にみえる生活様式が垣間見える怪作。自らを主人公に仕立て自叙伝めいた小説は数あれど、ここまで赤裸々にお下品さを開陳し、自分を笑えるネタに昇華させているものはそうそう無いんではなかろうか?しかし終盤あたりは急に真面目になって文明社会を批判してみたり、ホラー小説ばりの展開が待ち受けていたりと全く侮れない。私もバリ島で朝からビールで酔っ払い夜はチェウェとニャンニャンしたいものです。宮内悠介「スペース金融道」は「盤上の夜」で第1回創元SF新人賞の最終選考に残った宮内さんの書くスペース貸金取り立てSF。といってもタイトルから感じられるコメディ要素は主人公コンビの会話や、貸金の取り立て方法などに少々垣間見えるだけで本筋は大真面目なハードSF。アンドロイドが公民権を得て、人類が太陽系を飛び出して幾星霜。太陽系外の惑星、通称"二番街"で新星金融の取り立て屋として働いている有能なユーセフと平凡な"僕"の2人は、会社のモットーである<宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下百九十度の惑星だろうと取り立てる>というウシジマ社長が頷くのが見える厳しいものに則って行動するものだから危険が絶えない。ある時社内報で、アンドロイドが自らの体を捨て他アンドロイドの体を乗っ取ることで取り立てから逃げているという注意喚起を目にした2人は、その事件の詳細を調べていくうちに大変な事実に気付くことになる…、といったストーリー。これがデビューして4作目の作品かと驚くほどこれが読ませる。程よく散りばめられた奇想天外な出来事は可笑しいし、読者の投影としての等身大の主人公"僕"を出すことで世界設定の説明がテンポよくなされていて読んでいて難解では無い、金融工学と量子力学を合体させた量子金融工学というトンデモ理論をさも当たり前かのように語ったりアンドロイドの3原則を掲げそれを物語の中心に据えるところにハードSFさも感じた。やはり複雑な人生を歩んできた経験が活かされているのだろうか?今後も目が離せない作家さんの1人である。

 というわけで、掲載されている作品の半分、4作を紹介した。総括としては、今作『NOVA5』はあまりSFというジャンルの裾野を広げ過ぎてもいないし、序文で書かれているように今巻はほぼ全篇が50ページ前後というNOVAにしては珍しい構成だったしで、個人的にはちょうど良かった、ピッタリはまったかなと思う。あんまり長すぎてもアンソロジーを読んでる気分になりませんしね。



・ジェイムズ・エルロイ『獣どもの街』

 ミステリ界隈ではお馴染みらしく名前だけは知っていたジェイムズ・エルロイという作家。今回の『獣どもの街』が私にとって初めてのエルロイ作品だった。まず最初に、なぜ本作を購入するかに至ったところから語らせて欲しい。

 ブログでは漫画と小説の話しかしていないが、実は映画やゲームも好きだ。最近購入したゲームの中で面白かったのは『アリスマッドネスリターンズ』と『L.A.ノワール』の2つ。前者『アリス~』は正にマッドネスが示す通り、アリスの世界がグロテスクに、狂気溢れる世界として描かれたアクションゲームでアリスは可愛いし、世界は頭がおかしくなるような歪んだ世界だしで、とても満足したわけだが、ここでは『アリス~』の話がしたいのではない。そう、『L.A.ノワール』なのである。

 ノワール(Noir)とはフランス語で"黒・暗黒"を意味する単語であり、転じて暗黒社会を描いた作品の形容に用いられるようになった。『L.A.ノワール』、つまりL.A.の暗黒社会を描いたこのゲームはロックスターとチーム・ボンダイが作った作品で、これが強烈に面白い!簡単にゲーム内容を説明すると、DSの人気ゲームシリーズ『逆転裁判』に似ていて、プレイヤーは検事で無く刑事となって容疑者を尋問したりするのだが、これが舞台を1940年代後半のロサンジェルスに移すとどうなるか?暴力にドラッグ、差別・・・。煌びやかなハリウッドを擁するL.A.という街の裏側がこれでもかというほどリアルに描かれており、完全にハマった。というか、このゲーム、サスペンス映画好きやビザール殺人に興味があったりする人なら間違いなくハマる。そして、話はこのゲームが発売される前に戻る。発売前、ツイッターのミステリクラスタの間でも、話題となったこの作品。何故話題になっていたかというと、"ブラック・ダリア事件"を扱っているからエルロイファンは見逃せない!というようなものであった。最初は「ふ~ん、その事件を扱った小説があるのね。」くらいに思っていたのだが、ゲームをやり終って、これはその作者の本を読まねば!となった訳である。ではなぜ、<ブラック・ダリア>シリーズでは無くこの『獣たちの街』を買ったかというと、一応保険をかけた訳である。「この買った本がもし面白くなかったら?」これは読書好きの人なら思った事があるはずだ。だから連作ではなく1冊完結で表紙もカッコいいこの作品を選んだ。結果としてどうだったかというと・・・、メチャクチャ面白かった!なんだこれ?この文章、最高にクールで狂ってるじゃないか!しかも意図していなかったが舞台はL.A.!主人公は刑事!これはもはや運命を感じざるを得なかった。

 というわけで、私とエルロイとの出会いを語った所で内容に触れていきたい。『獣どもの街』は「ハリウッドのファック小屋」、「押しこみ強姦魔」、「ジャングルタウンのジハード」の3篇からなり立っており、主人公とヒロイン・舞台は3篇共に共通であるが、年代が違う。「ハリウッドのファック小屋」が1983年、「押しこみ強姦魔」が2004年、「ジャングルタウンのジハード」が2005年のL.A.が舞台となっている。

 主人公は犀をこよなく愛し犀ファッションに身を包むリック・ジェンソン。まずここからして犀の象徴でもある犀の角が怒張した陰茎を連想させることからこの刑事がどのような人物かは分かるかと思う。そしてヒロインはドナ・ドナヒュー。ダジャレみたいな名前だがこの作品では頭韻が異常なほど繰り返されているのでその一環だと思われる。ドナはハリケーンのような激しさを身に纏ったアメリカンセックスカルチャーの象徴でもあるPLAYBOYの表紙を飾りそうな、フェロモン溢れる女性だ。この2人は、生涯で3度だけしかファックしない。2人は愛し合っていたが、男の後ろについてくるようなタマではないドナと、女に人生を縛られるような生き方を選べないリックとの間の愛は、愛の形は人それぞれなのでそれでいいのだ。

 文章は先ほど書いたように頭韻がこれでもかというほど踏まれているのと、短い文でフラッシュの様にパパパッと情景を描写してとてもリズムがいいが、ここは好みが分かれるところであろう。しかし、万人の一致するところは、語彙の豊富さと最高にゲスで下品で熱に浮かされたような文章であることだ。これが最高にイカしている。暴力小説、ノワール小説を愛する心を持つ諸氏なら分かってくれると思うのだが、こういう文章というのは少しセンスが無いだけでただのカスに成り下がる。しかしエルロイの言語センスが絶妙(なのとおそらく訳者の人が頑張ったおかげ)でこの小説を最高にしている。

 出てくる犯罪はビザール犯罪が多く犯罪者は完全にイカれている。犯罪者/被害者共にその死に方は無残だ。ゲイと有色人種は明らかに差別され抑圧されている。おそらくこの小説の背景からアメリカの抱える根深い人種差別や、いなくならない汚職警官に著者の生い立ちなどに思いを巡らせる事も出来るのだろうが、そこを無理に意識して読むのではなく、私としてはこの文章の流れに身を任せてみて欲しい。脳に入ってくる情報をそのままスパークさせて欲しい。貧弱な私の言語表現では、エルロイを語るに足らないが、例えばデヴィッド・フィンチャーやクエンティン・タランティーノの映画が好きだったら読んでみて損はしないと思う。音楽でいえばスラッシュメタル。SLAYERな感じがした。

 以上、つらつらと書いてみたが、伝えきれないこの感覚がもどかしい!とりあえずちょっとでも興味を持ってみた人は巻末の杉江松恋さんの解説を読んで欲しい。誰にも負けないとんがった知性と感性が無くても(あるにこしたことはないが)アドレナリン全開で読めるはずだ。



 えー、というわけで、最近読んだ中でも特にハマったものを2冊しょうかいしてみましたが、いかがだったでしょうか?本当は『年間日本SF傑作選 結晶銀河』についても触れたかったのだが、集中力が切れてしまった(笑)では、またお会いしましょう!
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SF的ガジェットや科学技術を知って楽しもう!今井哲也『ぼくらのよあけ』

2011年07月15日
 さて今夏も暑くなってきましたね。毎日のように気温は30度を超え熱帯夜が続いていますが、みなさん元気ですか?私はちょっとバテ気味です。にしてもこう節電節電と騒がれると逆に節電したくなくなってくるアマノジャク的気質が蠢くのですが電気代のことを考えて自制しています。さてそんなことは置いておいて、今回も漫画のレビューと行ってみますか!

・今井哲也『ぼくらのよあけ(1)』

2010年、地球に"SHⅢ・アールヴィル彗星"が接近した。
時は流れ2038年、夏。小学生の沢渡ゆうまは、地球外から来た知的存在と接触する。
そいつは28年前の彗星のときに地球に降りて、故障したまま動けなくなっていた"宇宙船"――――
夏休みの課題は決まった。こいつを宇宙に帰すんだ。

 月刊アフタヌーンにて連載されているこの作品は、小学生の日常風景や夏の暑さ、科学技術の発展した社会を見事に描いているのもさることながら、それに加えて私はこの作品に出てくるSFガジェットや科学技術に凄い魅力があると思うのです!
 なので、今回のレビューは漫画の内容にはあまり触れず、作中に出てくるそれらSFガジェットに科学技術を簡単に説明してより理解を深める助けとする、もしくはこの漫画に興味を持ってもらう事を目的としています。
 というわけで早速始めていきましょう。

1.彗星
 「いきなり地味だな」とお思いになられるかもしれませんが、彗星と隕石の違いを明確に知っている人って意外に少ないと思うので一応説明しておきたいと思います。
 太陽系の海王星軌道より外側にある小惑星(自己重力でほぼ球形になれるほど大きいが惑星には及ばないもの、それよりもさらに小さな天体の総称)が多数存在する領域があり、その領域のことを太陽系外縁天体もしくはエッジワースカイパーベルト天体と呼びます。特に海王星軌道から40AU(1AU=約1億5千万㎞、地球と太陽の間の距離)付近までに集中している小惑星を外縁部小惑星、この領域を外縁部小惑星帯と呼びます。彗星はこの外縁部小惑星帯をぐるぐる回っていた小惑星が惑星の重力に軌道を曲げられて太陽の近くまで到達することで、その構成物質である塵や氷が揮発してガスとなりそれが光って見える現象のことを言います。ちなみに隕石は、火星軌道と木星軌道の間にあるメインベルトと呼ばれる小惑星帯にある小惑星の内、軌道がたまたま地球軌道と交わっていものが、地球と衝突して地表まで達したもののことを言います。構成物質は主に鉄かコンドリュールと呼ばれるケイ酸塩鉱物から成り立っており、彗星とは由来も成分も違うんですね。
(※簡潔に述べているので例外のことや詳しいことは省いてあります。もっと詳しく知りたい方はご自分で調べて下さい)

2.空間投影ディスプレイ
 やっとSFっぽい話題が(笑)空間投影ディスプレイとは読んで字のごとく"空間にディスプレイやウィンドウを投影する"技術のことである、おわり。・・・では余りにもアレなので私が思いついた分かりやすい例をいくつか紹介しますので「あ~、なるほどアレのことね」と思って頂けたら幸いです。
 まず初めに思いついたのがアニメ『電脳コイル』『攻殻機動隊』の世界。前者は"電脳メガネ"と呼ばれる眼鏡型ウェアラブルコンピュータを使って、後者は目をサイボーグ化するかいっそ全身を義体化することによって、視界にウィンドウや支援AIを表示させますが、これはAR(Augmented Reality)技術なので今作『ぼくらのよあけ』に出てくる空間投影ディスプレイとはまた違ったものです。AR技術は現実世界でもiPhoneのアプリ"セカイカメラ"で実現されていますね。
 次に思いついたのが、スティーブン・スピルバーグがメガホンを取ったフィリップ・K・ディック原作映画『マイノリティー・リポート』に出てくるガジェット。透明のディスプレイに専用のメモリーカードを差し込み、映像を直観的に操作できるユーザーインターフェースをもったディスプレイが出てきましたよね。専用のグローブを使ってクイックイッと映像を巻き戻したり拡大する映像が未来的でカッコよかった。この映画の話は置いておいてこの"ウィンドウを投影するための透明のディスプレイを使う"というのも『ぼくらのよあけ』で使われる空間投影ディスプレイとは違っています。では、どれが合致するのか?それはおそらくですが(作中でも詳しい技術は紹介されていない)、同映画でトム・クルーズ演じるジョン・アンダートンが自室で行方不明になってしまった自分の子供の過去の映像を見る時使われた技術と同じではないかと推測しています。つまり室内にいくつかのプロジェクターを設置することでディスプレイが無くても空間に映像を3次元的に投影することができるという技術。しかしこの技術はパッと思いついただけでも、空気のゆらぎやプロジェクターの射線にものを置けないなどのデメリットがあり現実的ではない様に思えます。
 他にも光っている棒を高速で動かすことによって残像を残すというやり方などが考えられますが、ここまで長く語ってきた割に『ぼくらのよあけ』の中で使われている空間投影ディスプレイがどのような原理なのかは描写を省いているので謎です。漫画は視覚のエンターテインメントなので、わざわざどのような原理かを描くとウザったくなったり絵が狭くなっちゃうから省いてるだけだと思いますけどね。

3.オートボット
 ようやく作中独自のSFガジェットの話となります。作中のオートボットに関する解説を一部引用すると、

最新鋭の人工知能を搭載した家庭用アンドロイド。
人間との会話を積み重ねることで行動パターンを学習し、持ち主一人一人の生活スタイルに合わせた様々なサービスを提供します。
あらゆる機械の操作を人間に替わって行い、家事経営をスマートに管理するオートボットは次世代の情報家電として人々の生活そのものを変えたと言われました。

とある。ちなみにアンドロイドというのは機械ベースの人型ロボット、サイボーグは人間が体の一部あるいは全体を機械化したもの、バイオロイドはバイオテクノロジーで作られた人間のことを指します。アンドロイドは外見が雄型のときに使い、雌型はガイノイドなんて呼んだりもします。
ちなみにこの漫画の主人公が使っているオートボット・ナナコの外見はこんな感じ↓
ぼくらのよあけ、ナナコ01
作中の表現から、電動であること、人間でいう所の表情筋のようなものを動かして表情を作っていること、胴体部についている2本の黒い筋は内腕で空間投影されたディスプレイを操作する際に使用し本体下部に浮遊しているのは力仕事をする際の外腕でだいたい10kgくらいの力が加わると本体から外れるらしいこと、処理能力の限界に達すると自動的に再起動がかかり地面に受け身無しで落下することなどが分かる。また後ろはこうなっている↓
ぼくらのよあけ、ナナコ03
いかにも中にコイルが入っていそうな角が上に2本、コネクタっぽいのが真ん中に1つ、浮遊して動く際に使用するのであろう角が下に2本生えている。
 このオートボット、作中には他のタイプも出ているのだが、共通しているのは浮遊しているという事。外腕と本体は電磁力でつながっているとして、本体は何故浮かんでいるのか?何かを噴射しているわけでも無いし、未来の世界は地面の至る所に電磁石でも敷設してるのですかね?謎です。まぁ、ナナコちゃんが凄くけなげ(プログラムに従っているだけなんですが)で確実にゴーストを感じさせて可愛いからなんでもいいんですけどね!あれだ、不思議力。不思議力で浮かんでるんですよ。ワンピースだって島が浮いてたでしょう。それと同じです。


 と、ここまでSFガジェットと科学知識を合わせて3つ紹介したわけですが、作中には他にも、水分子全体をコンピュータとして使う技術(これは私の知識では手に負えないのであえて飛ばしました)があったり、教科書がフレキシブルな素材を用いた電子教科書になっていたり、携帯がもはや電話としてよりも現在のスマートフォン以上のものになっていたりと、久しぶりにストレートなSF漫画が来たなと大変楽しく読むことができました。
 しかし、今回のエントリで説明したことなんて知らなくても充分に楽しめる、というか本質は主人公たち小学生の活躍、子供だからブチ当たる壁、子供だから乗り越えられる壁がストーリーの中心になっていますので「SFはちょっと・・・」と思ったあなたでも大丈夫です。二転三転しますが信用して下さい!



というわけで、今回のレビューはここまで。何か間違っている所やここはこうじゃない?という所があったら教えてください。それではまた次の記事で...!
漫画 | Comments(0) | Trackback(0)

甘酸っぱい恋から、不倫関係まで。『楽園 Le Paradis vol.6』を読もう!

2011年07月09日
  以前の拙ブログのエントリ、”『楽園 Le Paradis 第5号』を読んで、色んな形の恋愛に身悶えしよう!”には検索からもニュースサイトからも多数の方がおいで下さったので、ここであらためて御礼を。ありがとうございます。というわけで、2匹目のどじょうを狙って、もとい、今回も、胸に迫るもの、読んでいて胸がキュンキュン☆するもの、なんで女って奴はよぉ…となるものまで幅広い恋愛をテーマに扱った漫画雑誌、『楽園 Le Paradis』の第6号を紹介したいと思います。

『楽園 Le Paradis 第6号』
 今号は、総勢24人の漫画家+イラストレイターさんの作品からなっており、漫画だけ数えると26作品が掲載されています。
 表紙は、シギサワカヤさんによる”眼鏡+赤毛むちむちボディのお姉さんの水着姿”が表紙です。なんで水に濡れてる女性ってそこはかとなくエロスを発散させてるんでしょうね!そして表紙をめくって現れる扉絵は竹宮ジンさんによる百合イラスト。年上女性のロングの髪の毛に年下の女性がキスをしているというイラストは、なんだか主従関係のような意味深さを感じさせます。そしてずっと飛んで裏表紙の見返しイラストは、常連のニリツさんによるもの。少し垂れ目の女性が髪をたなびかせながら振り返っている構図なのですが、彼女の群青の髪の毛と空の青が夏の到来を予知させてくれます。

 さてそれでは、個別に幾つか作品を拾って紹介していきましょう。

・水谷フーカ『14歳の恋』
 先日発売されたコミックス『14歳の恋(1)』は各所で紹介されて、購入した各人をニヤニヤ赤面させまくる、もしかしたら人によっては「俺の中学時代はなんだったんだ…」と涙にくれた人もいたかもしれませんが、とにもかくにもこの漫画は本当に面白いです。
 今号では2話続けて連載されています。1話目は、学校では秘密にしようと決心し合った彼方と和樹の2人の間の約束事ともっと2人で触れ合いたい・もっと2人で同じ時間を過ごしたいという思いがぶつかりあってちょっとした不和をもたらすというのが大筋のストーリー。続く2話目は突然の雨が降り、相合傘がしたいなぁと意思疎通なく同時に考える2人。そこで自分の傘を誰か他所の人に貸すことにするのだが、2人ともが貸してしまい、結局2人で濡れ坊主になって和樹の下校ルートにある商店の階段で雨宿りをするというストーリー。まぁ、前者は2人は互いの認識を新たにし絆がより深まるというオチ、後者は雨に濡れてぐっと色っぽく格好良くなった互いにドギマギするというオチなのですが、そこに至るまでの経緯が素晴らしい。
 14歳。小学生は子供に見えるけど、高校生はなぜかぐっと大人に見えたあの頃。つまりある種の居心地の悪さというか、第2次性徴を迎え、男の子は体つきががっしりとなり声は低くなり、女の子は体つきがふっくらとし胸も大きくなってきて、今までとは明らかに外見の変化として表れる違いに戸惑わずにはいられない、そんなお年頃です。
 この漫画の素晴らしいところはその感情の機微が上手に漫画的に表現されている所だと私は思っています。誰もいない空間でセリフや擬音も使わずに2人だけが存在する世界を静的に表現する。彼方が意識せず見せつけてくる色っぽさに和樹が我慢できなくなって取る行動、またその逆。特に無音のコマで表情で読者にその時のキャラクターの感情を推測させる力がこの作品にはあります。
 まぁでも、そんな堅苦しい考察は抜きにして、かぁっと赤面する2人と初めての恋の初々しさを存分に楽しめばいいと思います!
14歳の恋、楽園第6号14歳の恋、楽園第6号
なぜならこんな2人を見てニヤつかずにいる方が無理な話だからです(笑)はぁ~、彼方、超可愛いし綺麗だなぁ!

・かずまこを『マイディア』
 かずまこをさんといえば、拙ブログの過去記事”不器用な高校生の恋愛模様に身悶えしよう!かずまこを『ディアティア』”でも紹介したように『ディアティア』は傑作の内に終わりましたが、『マイディア』はその後日談、つまり成田と桐ケ谷が付き合い始めてからを描く新連載です。正直、『ディアティア』で終わるにはもったいないなと心の底では思っていたので嬉しい限りです。また桐ケ谷のちょっと的を外れた可愛い行動が見られますよ、皆さん!
 というわけで、新連載ということが理由なのかどうなのかこちらも第1話・第2話の連続掲載。前者は、桐ケ谷視点でモテる成田に自分ばっかり嫉妬してるような気がする桐ケ谷のいじらしい姿が存分に楽しむことができる、後者は成田視点で今までたくさんの女性に告白されてきたが、自分から好きになった初めての女の子桐ケ谷のことをもっと知りたいと思う成田が、オチで桐ケ谷の天然からでる行動に萌え尽くされるというストーリー。
 この漫画で一番可愛いのはもちろん桐ケ谷なのだが、一番なにかと抱えているのは成田でしょう。家族の事、そんな家族の嫌な性質を受け継いでる自分に失望してみたりと外見は好印象の全く好青年なのだけれども、漫画の中で一番心配させられるキャラクターは間違いなく成田です。影のある男性に女性は魅かれると言いますが、まさにそれを具現化したジゴロ!しかも男の私まで心配になって気になってしまうような心持にさせるとは怖ろしい子ッ…!
 これからどんな楽しかったり辛かったりする出来事が2人を待っているのかと思うと、今後の展開が凄く気になる作品です!
 それでは最後に私的今回のベストショットはこちら!(ドン!)
マイディア、楽園6
先輩モテすぎて凄い嫉妬します、それに好きにさせるって言ったのに全然好きになりませんと意地を張る桐ケ谷に成田が突然言い放った「キスしてもいい?」の言葉に思わず制服のカラーまで跳ね上がるほどビックリした桐ケ谷です!超絶可愛い!

・宇仁田ゆみ『ゼッタイドンカン』
 『うさぎドロップ』の最終巻も発売され、今クールから始まったアニメの評判も上々の宇仁田ゆみさんの新連載。前号までは大学生みっくんと、その幼馴染でちょっとどんくさいけどみっくんに関わることなら何でも覚えてます!みっくん大好き!というノコの恋愛模様を描いた『ノミノ』を連載されていた宇仁田さんのこの最新作は打って変わって、しっかりもののピアノ調律師をしている瀧歌音28歳と、瀧さんが10年前からずっと好きで4年前からやっと付き合い始めた職業不詳(作曲関係?)でズボラでニブチンの中森くんの大人のカップルが主役です。
 28歳になり職場でも後輩ができた瀧さんは中森くんと結婚したい、せめて結婚を意識したお付き合いがしたいと思っているのだけれど、中森くんはそんなことはどこ吹く風。気ままな今の関係に満足しているようです。そんな中森君に振り回される恋する乙女の瀧さんがめちゃくちゃ可愛い!互いに名字にさん付けで呼びあっている所もGood!どちらかといえば、1人でも難なく生きて行けそうな中森くんにもうちょっと甘えて欲しいなぁと思いながらも同い年なのに少しお姉さんぶる滝さんも素晴らしい!身長差カップルである所も個人的には凄く好きです(笑)『ノミノ』とはまた違う宇仁田ゆみさんのケチのつけどころのない新連載は要チェックです。
ゼッタイドンカン、楽園6
↑の画像は結婚の話題になり、私たちもそろそろ結婚のこと考えてもいいんじゃない?ということを目力で訴える瀧さんです。

 さて上記で紹介した3作のほかにも、いま私の中で一番アツい百合漫画である西UKOさんの『コレクターズ』、コミックス『鉄道少女漫画』の”サバランの木曜日”にでてきた例の女子中学生があの妻子持ちのおじさんに恋しちゃったりその子に恋する男子中学生を描いた『木曜日の一通』、縄氏のもとを訪れ自らの意思で荒縄で縛ってもらい恍惚の表情を浮かべる巨乳女子学生をエロティックに描いた黒咲練導さんの『ユエラオ』、このエントリの題名にある不倫関係を描いたシギサワカヤさんの『カテゴライズ』(本当はレビューしようと思っってたけれど、いーっ!となって無理でした)などなど、とにかく面白い漫画がテンコ盛り。読みとばす漫画が全くないという稀有な存在の漫画雑誌なので、みなさん買って読みましょう!まだ読んだこと無いよという人は、今号からは新連載が多くまた発売された単行本の続きから読めるのでこれを機会に読んでみるのはどうでしょう?次号からは林家志弦さんが復活するそうです。




それではまた次のエントリで。ご意見ご感想などは、コメント欄・ツイッターのリプライ等、いつでもお待ちしております。
漫画 | Comments(0) | Trackback(0)

暑い夏にはパニックホラー!ディヴィッド・ムーディ『憎鬼』の書評

2011年06月27日
 ハッキリとした梅雨明けはまだのようですが、雲の切れ間から覗く太陽の日差しはまさに夏のそれで、今年も日本のジメジメとした暑い夏が迫ってきていることがよく分かります。高校生くらいまでは四季の中で夏が一番好きだったんですが最近では秋が一番好きです。毎年毎年、酷暑すぎる・・・。今年も天気予報では”例年以上の暑さ”とのたまっていますが、こう毎年例年以上だといったいいつが例年だったんだと首をかしげるばかりです。

さて、そんなジメジメとハッキリしない天気が続きますが、今回も元気に行ってみますか!今回取り上げる作品はこれだッ!


・ディヴィッド・ムーディ『憎鬼』
 ゾンビ映画やゾンビ小説。いわゆる”ゾンビもの”のファンというのが世の中にはいる。B級、C級、時にはZ級の糞ゴミ映画ですらゾンビ映画だからという理由で喜んで観賞し、ロメロ監督を称えるあまり走るゾンビに異を唱えてみたり、ゾンビが出ているという情報をつかんだだけでそのコンテンツを摂取せずにはいられなくなったりする人達のことだ。まぁこれは言い過ぎだが、ゾンビファンの人たち個々人がホットなソウルを持っていることは確かだ。私もそうだし、この本『憎鬼』の著者ディヴィッド・ムーディもその中の一人だろう。そのことを知らしめるためにも、まず初めに「ディヴィッド・ムーディって誰?どんな人?」ということを、著者の公式ホームページのバイオグラフィーとWikipediaのムーディの項目を読んで要約したものをまずは書いておきたい。

 ディヴィッド・ムーディ(David Moody)は1970年11月19日、イギリスはバーミンガムに生を受ける。幼少のころよりホラー映画とポストアポカリプス小説を糧として育ち、ジョン・ウィンダム『The Day of Triffid』とH・G・ウェルズ『宇宙戦争』にロメロ監督『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を嵐の夜に見たときに彼の人生は決まった。その後、学校を出て銀行で働いた後、自分の人生の多くの時間を費やしてきたような映画を作りたいと一念発起するが、映画製作の経験も知識も無かったので、かねてより文章を得意としてきたムーディは小説家になることを決心する。半年の内に、処女作『Straight to YOU』を書きあげ小出版社から発行するものの売り上げは微々たるものだった。家族が出来たことによって一時期執筆から遠ざかるが、2作目となる『Autumn』をインターネットで公開すると50万以上のダウンロードを叩き上げ、いちやく時の人になる。2006年7月に『憎鬼(原題:Hater)』を出版するやいなや、アメリカの映画会社に映画化権を購入され、ギレルモ・デル・トロ(映画『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』などの監督)制作、マーク・ジョンソン(ナルニア国物語のプロデューサー)プロデュース、J.A.バヨナが監督を務めることになっている。『憎鬼』の映画化権が購入されてすぐに『Autumn』の映画化権もカナダの映画会社に売れ、デクスター・フレッチャーと『キル・ビル』のディヴィッド・キャラダインを主演に据え,既に映画化されている。『憎鬼(原題:Hater)』は3部作の第1部となっており、第2部の『Dog Blood』は2010年に発売、第3部『Them or Us』も2011年11月に発売される予定だ。

 といった経歴の持ち主で、今回この記事で紹介する『憎鬼』が邦訳された彼の作品の1作目となっている。これからのアポカリプス小説、感染パニック小説を率いていくであろう人物であることは間違いない。

 さて、それでは『憎鬼』のレビューに移っていきたいと思う。

 今作はゾンビ感染ホラーの亜種ともいえる存在だが、いま皆さんの頭の中をよぎっているであろう、”死者が生き返ってゾンビとなり噛まれると感染し殺すには頭部を破壊するしかない”といったようなステレオタイプなゾンビは出てこない。それなら前述のゾンビ感染ホラーの亜種とはどういう意味なのか?それはこの作品では、何の変哲も無い生者が突如として”周りにいる人間は自分に憎悪を抱いている。殺さなくては自分が殺される”という恐怖に突き動かされ、自分に憎悪を発していると感じる人間を、たとえそれが家族や親友であったとしても殺さずにはいられなくなるほど凶暴化する性質を帯びるのである。
 その性質を発症した人のことを”憎鬼”と呼称し、またその性質は感染しない。言ってみるならば、”憎鬼”になるべき生来の資質を持った人のみが発症する(もちろんそのことを見分ける手段は無い)。加えて”憎鬼”になった人同士では敵対心は持たず、逆に仲間意識を感じる。つまり、”憎鬼”になっていない人にだけ「俺とあいつは違うから排除される前にこちらから殺す!」という原始的ともいえる暴力欲求を抱くようになるのだ。
 そうなってくると当然、国中が疑心暗鬼に陥り、ささいな怒りを見せることすら、「この人は”憎鬼”ではないのか?」という疑惑をもたれることから差別され、街行く人たちは互いに目をあわさず、徐々にパニックが広がるにつれて家からも出なくなり、秩序は崩壊する。それでも”憎鬼”の発症は止むこと無く、ついに国は軍を挙げて”憎鬼”を殺してでもいいから捕えて隔離する政策に乗り出し、ここに「”憎鬼”vs.発症していない人々」の闘いが始まるのであった・・・、というストーリー。

 物語の主人公は、貧しいが故に全てが上手く回らないけど頑張ることは出来ないなぁと考えているぐーたらサラリーマンであるダニー・マッコイン。職場では上司にぐちぐち文句を言われ、こなさなければならない仕事は多い。家族は奥さんと子供が3人。住まいは上階に得体のしれない住人が住んでるような郊外のボロ安アパート。義父との折り合いも悪く、子供はわがまま放題で上手く躾けられておらず、いつもダニーをますます疲れさせる。妻との関係も上手くいっておらず口論になりがち・・・。読んでいてダニーの苦悩が辛くなるほど、綿密に、どれほどストレス溢れる家庭状況かが、これでもかというほどネチネチと書かれている。しかし、そのダラダラと続く日常描写の間にカットインされる”憎鬼”に目覚めた人が身近な人を殺す描写がえげつなくて、ただ単にこのままダニーがストレス溢れる環境を乗り越え、”憎鬼”になった人から家族を守り、最終的に家族愛に目覚め勤勉になるといった様なハッピーエンドが訪れないことを予感させる。
 そしてその読み通り、”あること”がきっかけとなって物語はその様相を急変させる。まるで暴走列車に乗ったかのようにスピード感を増す文章とエスカレートするパニック!軍による”憎鬼”への無差別殺戮と”憎鬼”たちとが繰り広げる戦闘シーンは、序盤のフラストレーションを充分に発散できるようなアップテンポな文章で、まるでへヴィーメタルを聴いてるかのような気分を味わった。
 といったところで、第1巻は終わるのだが、もうこの先いったいどうなるのかが、物凄く気になる作品だった。この先ダニーは”とある目標”を達成できるのか?できたとしても流血は避けられないし。”憎鬼”も人間だが秩序を回復させるために人権を無視したアウシュビッツのような殺戮が起こるのか?それとも”憎鬼”達が自らの国を建国するのか?そうであったとしても軍との衝突は避けられないし・・・、というように妄想が炸裂し、第2巻の邦訳が待ちきれなくなるおススメの一冊です!



 というわけで、今回のレビューはいかがだったでしょうか?本作の翻訳を担当された風間賢二さんによると、1巻の売れ行き次第で2巻が出るかどうかが決まるらしいので、ゾンビファンの人もホラーを愛でる人もそうでない人も、買ってくれるといいなぁ。
 ちなみに読んでる最中に頭の中でかかっていた曲は下の2曲でした(笑)





それではまた次の記事でお会いしましょう!ご意見ご感想などはお気軽にどうぞ!
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時は大海賊時代!神林長平『敵は海賊・海賊版』の書評

2011年06月20日
 いやはやすっきりしない天候が続いて気分も晴れませんなぁ。外に出かけたくても雨が降ってるとやる気も半減な管理人ですが、みなさんいかがおすごしでしょうか?
 というわけで今回も「お外に出られなければ、家で本を読めばいいじゃない」というテーゼに従ってレビューを書いていきますか・・・。

・神林長平『敵は海賊・海賊版』

 物語の始まりは火星の無法地帯に店を構えるバー<軍神>から始まる。<軍神>のマスターであるカルマは、自身も過去海賊だったが今では足を洗い、<軍神>を訪れるならず者・無法者どもの自慢話を聞くことを何よりの楽しみにしている。
 そんな中でも一番楽しみにしている客がこの物語のダークサイドの主人公である匋冥(ヨウメイ)・シャローム・ツザッキィだ。彼はこの世界で最も畏れられている海賊で、匋冥は”生まれながらの悪人”で宇宙航海が一般的となりとっくに神を畏れる者などいなくなった未来で”その邪悪さゆえに神の存在をよみがえらすような力がある”と評されるほどの極悪人であることが示される。彼も自らの信条を”おれに命令できるのはおれだけだ。おれを支配しようとする力には、手段を選ばず対抗し、必ず打ち砕いてやる”と大言してはばからない。
 しかしそんな彼の奇異な点をカルマは2つ挙げる。1つ目は、到底似合わない少女趣味の白いクラーラという名の”ぬいぐるみの猫を思わせる”猫型の有機ロボットを連れている事。この猫は匋冥曰く彼の良心そのものが具現化したものらしい。2つ目は、彼の愛銃である冷凍銃(フリーザー)の威力の桁違いの強さである。この銃はエネルギーを放出するのではなく対象のエネルギーを吸い取り別の宇宙へ放出するというのだ。そして匋冥はカルマにこの2つをどこでどのように手に入れたのかを語るのであった...。
 
 上記のあらすじは小説の冒頭、たった14ページ分ほどである。しかし、カルマというバーで色々な話を聴いてきた、つまり大概の悪事の話は聴き飽きたともいえる存在に匋冥を語らせることによって、この冒頭のたった十数ページで読者は匋冥の悪の魅力に惹きつけられ、どのような結果で白い猫とフリーザーを手に入れたのかを知りたくてたまらなくなるのは必至なのだ。そう断言したくなるほど、私は、匋冥の紙面からあふれ出る生へのエネルギーのようなものを感じたのである。

 海賊が出てきたなら、それを取り締まる警察機構があるのは当然のことである。この作品でも、過去に両親と弟とを海賊に殺され、愛する女性が海賊だったがために撃ち殺さなければならなかった悲劇の過去を持つ海賊課の刑事ラテルと、食いしん坊で愚痴っぽい猫型宇宙人アポロアプロのコンビが登場する。
 このコンビは実にちぐはぐでお互いに嫌味を言ってばかりいるがその実、互いを信頼し合っている敏腕デカで、その腕の良さは海賊に知れ渡っており匋冥も一目置く存在である。特にアポロアプロは実にユニークで、気ままな猫そのもの。けれどもいざ戦闘となるとその強さは凄まじく、近接挌闘では鋭い爪と牙を用いて野性的に敵を殺したりするギャップが素晴らしい。

 そして面子の揃った物語はランサス星系の主星であるフィラール星の王女失踪事件を巡って進んでいく。匋冥に直接王女を探してくれるように頼みにきた王女の侍女シャルファイン・シャルファフィアと匋冥、その事件を捜査すべく海賊課として捜査を開始するラウルとアポロの2組は、意図せずに神と悪魔との代理戦争を担わされることになり、超空間航法を行うと平行宇宙に迷い込んでしまうのであった。その世界でも同じように王女失踪事件が起こっており、同じメンバーが行動を起こしているので、実質1つの宇宙で4組のグループが動いていることになるのだが、難解であったり「双子のトリック」を使うといったようなことは起こらないので、聞いただけではこんがらがるかもしれない世界も易々と受け入れることが出来るだろう。
 そして繰り広げられる匋冥と海賊課の戦いに、フィラール星の内政の不安定さも絡んで一気に物語は結末へと駆けこんでいく。何物にも支配される事を嫌った匋冥が最後に取った驚きの行動とは?海賊科の刑事は王女誘拐事件を解決することが出来るのか?白い猫と冷凍銃はどんな経緯で手に入れられたのか?
是非読んで結末を確かめて欲しい。
 
 神林長平さんの作品というと人間の本質に迫った火星三部作や言語SFともいえる少々難解な小説で知られているかもしれないが、この『敵は海賊・海賊版』は純粋にエンターテインメント小説なので苦手意識がある人でもすんなり読めるはずだ。


 というわけで、今回はあらすじ解説では無くキャラの魅力に焦点を当てなるべく自分の意見を入れてみたのですがどうでしたでしょうか?ご意見・感想お待ちしております!
 ではまた、次の記事で...!


2012年5月17日
追記:えー、恥ずかしながら猫型宇宙人アプロをアポロと表記しておりました。恥ずかしい!そして指摘して頂いたコメント欄の通りすがりの御仁、ご指摘ありがとうございます!
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