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後ろめたい幸せを抱えて、私はここに立っている。北野勇作『きつねのつき』を読もう!

2011年09月09日
 台風一過、随分と秋めいてきた昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか?季節の変わり目は体調を崩しやすい時期でもあります。体調にはくれぐれも気をつけましょうね!
 ところで話は変わりますが、9月3日と4日に静岡にて開催された第50回SF大会”ドンブラコンL”に参加してまいりました。最初は、そのことを記事にしようかとも思ったのですが、余り良い体験が己の未熟さゆえ出来ずじまいでしたので止めにしました。変わりと言っては何ですが、何枚か撮ってきた写真をTwitpicの方にアップロードしておきましたので興味のある方はこちらからどうぞ→@Sacred_Maggot
 さて、それではレビューに入っていきましょう。

・北野勇作『きつねのつき』
 2011年に入って2冊目の北野さんの著書『きつねのつき』である。5月に出た『かめ探偵K』は拙ブログでも取り上げているので、興味のある方はここを参照のこと。

 では、今作『きつねのつき』の話に入っていこう。

 本作の主人公”私”には妻と春子という名の娘がおり、娘と”私”の日常を北野さんらしい時に優しく時にシュールな文体で綴られた連作短編集といった体をなしている。このように書くと、単なる育児エッセイのように聞こえるかもしれないが、北野さんの作品なのでそうは問屋が卸さない。
 というのも、どうやらこの作品の中で日本は軍事的な危機に晒されており、それに対抗するため人工巨大人というものを開発していたらしい。しかし3年前のある日、事故が起こった。起動実験に失敗した、他国のスパイの仕業、何らかの攻撃を受けたなど様々な原因が推測されたがどれも噂の域を超えないものであった。現実として人工巨大人は起動に失敗して大地に倒れ込み、周りの質量をどんどん吸収した結果、なし崩しに融解が始まり、液状化した人工巨大人の構成物質である超活性細胞の波によって町は呑み込まれることになる。その人工巨大人を開発していた会社に勤め、事故直後の現場にいたのが何を隠そう主人公”私”なのだ。超活性細胞の波に呑み込まれた人の大半は人としての形を失くしドロドロになってしまったのだが、”私”は違った。超活性細胞を体に取り込むことによって人の形をしたヒトならざる異形のものになってしまうのだ。
 その後、倒れた人工巨大人にはその存在をあたかも最初からなかったことにするように空から土砂が撒かれ、町は高い塀によって外界と隔離され、外界から訪れる者は完全防護服を着て訪れる、そんな町になってしまった。

 そして”私”の妻はどうなったかというと、産休中で家にいたために逃げ遅れ、超活性細胞の波に呑み込まれて肉の莢でできた蛹の様な物体になり果てていた。それを悲しんだ”私”は、倒れた巨大人の体内に忍び込み超活性細胞を頂戴して、それを用いることで妻を再構築する。するとある朝目覚めると4畳半の自宅の部屋の天井に妻は貼りついていた。それが元の妻と同じかどうかは誰にも分からないが、とにかく”それ”から娘が産まれた。
 ”私”の願いはただ一つ。「静かに家族とここで暮らしていきたい」というもの。後ろめたい幸せを感じながら、”私”は今日も娘を公園に連れていったり、保育園に迎えに行ったりして過ごしている...。

 こういった背景は最初に説明があるのではなく読み進めていくうちに徐々に明らかになってくる。すると、娘と”私”の日常は楽しそうで朗らかなものであるはずなのに読み始めから心のどこかで感じていた寂しさや心にポッカリと穴のあいたような気持ちに理由がついていく。幻想的な章や変わり果てたグロテスクな妻や”私”の姿の描写もまたそれに拍車をかける。無邪気に遊ぶ娘の姿に共感を覚え胸が温かくなる一方、終わりの到来を予期する”私”には諦念、虚無感といったものを感じ取れるだろう。結末がまた秀逸で、儚さから垣間見える美しさとグロテスクの中にある美が同居した感動を、読者に与えてくれる。自分は読み終えた後、頭がボーっとしてしばらく何も考えられなかった。今の日本の様々な惨事がある現状に絶望している人、本当に大切なものは何かを見失っている人にこそ読んで欲しい1冊である。

 ちなみに、これは楽屋裏話になるが、Twitterで北野さんにお伺いした所、もともと保育園の送り迎えのときのなんとも妙な感覚を文章で定着しておこうと思って書きはじめた小説であり舞台は北野さんの地元に本当にある所を登場させている、ということだそうだ。これほど幻想的な感覚を日常で感じられる感性に驚くばかりである。

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