2012年03月15日
ずいぶんお久しぶりの更新になってしまいました。この2~3カ月いろいろな事がありまして、モチベーションがどうしても上がらなかったのです。Twitterのほうでは簡易感想なんかを呟いておりますので、フォローして頂けると幸いです。
『楽園 Le Paradis vol.8』
久々の更新ネタは、拙ブログでは定番のコンテンツとなりつつある『楽園 Le Pardis』の感想です!掲載されている全ての漫画のレビューを書く元気はないので、とりあえず、3つほど、特にわたしが気にいっている作品をピックアップしてレビューしたいと思います!それでは、ご覧あそばし!
『楽園 Le Paradis vol.8』
久々の更新ネタは、拙ブログでは定番のコンテンツとなりつつある『楽園 Le Pardis』の感想です!掲載されている全ての漫画のレビューを書く元気はないので、とりあえず、3つほど、特にわたしが気にいっている作品をピックアップしてレビューしたいと思います!それでは、ご覧あそばし!
2011年12月12日
さて、もう十二月も半ば、来年まであと半年になりましたね!いやぁー、今年一年を振り返ってみると、…特に何も思い浮かばないですねー!俺ってば、ほんとバカ。
というわけで、十月三十一日発売から一カ月以上を経ていますが、今回紹介する漫画はこれだ!
・『楽園 Le Paradis 第7号』
「おせーよ!」との声援ありがとうございます。しかし、一応このサイトでは毎号とり上げているのでもったいないなぁなんて思いまして、更新させて頂きます。
第7号に参加している漫画家+イラストレイターは二十八人にのぼり、今号には久しぶりに林家志弦さんの作品も掲載されています。宇仁田ゆみ、中村明日美子、沙村広明、鶴田謙二、あさりよしとお、二宮ひかる、など有名漫画家から、鋭気溢れる新鋭漫画家まで相変わらず幅広い人材とジャンルを登用している所が『楽園』のエネルギッシュさを支えているのかもしれないですね。さて、それではその中からいくつか作品をピックアップして紹介していきたいと思います。
表紙は引き続きシギサワカヤさん。三十歳すぎくらいでしょうか?膝の上で組まれた黒いストッキングで包まれた足からは、普段スカートで隠されている太ももが奥までチラリと見えて煽情的です。軽く頬に赤みが差しているので、電話の相手は恋人でしょうか?背景を観察するとおそらく勤め先にいることが分かります。職場では真面目、悪く言うと”お固い”で通っていそうな大人の女性が、恋人の声が聞きたくて休憩時間に電話するなんてストーリーが浮かび上がってきますね!
・仙石寛子「夜毎の指先」
この漫画は、姉と弟との近親相姦をテーマに扱ったものです。近親相姦、絶対のタブーとして世間では扱われているイケない関係。古代から世界各地で実際に行われていながら、遺伝的な問題、社会倫理の問題によって避けるべきもの、かつ侮蔑されるものとして扱われてきたことは周知の通りでしょう。しかし、イケない関係というのは人の性的興味の矛先として向けられるものであり、エロ漫画・官能小説の題材として不朽の地位を獲得している事もまた事実であります。
さて前置きが長くなりましたが、「夜毎の指先」に話を戻しましょう。
二人の関係は両親のいない夜に始まります。姉は弟がソファで眠っている時にそっと口付けし、目を覚ました弟に家族だから大事だと思う気持ちとは違う、恋心の好きという気持ちを抱き続けていたことを告白しはらはらと涙を流します。それに対して弟は、自分も姉の事を大事に思っている、しかし傷つけることになりはしないかと心配だと危惧しながらも、目の前で涙を流す姉の髪にそっと手を触れます。告白されたのは自分の方なのに、震える姉を見てもっとこの人に触れたいと、直接的描写はありませんが、一線を越える...、というのが第1話のあらすじ。
今号、つまり第2話では第1話の夜を越えた、ある日の二人が描かれます。第1話と同様に、背景を全くと言っていいほど描かずに、コマを黒く塗りつぶす、もしくは真っ白なコマにセリフだけが乗っているのが非常に示唆的です。とても目立つ黒く塗りつぶされたコマはつまり罪の隠喩で二人の関係を表すものでしょう。そして、真っ白な背景に書かれたセリフは二人の関係を止めにしたいという気持ちを示したものが多く、洗い流したい欲求を表していると考えられます。
しかし、上記の事柄は姉側の意見のあらわれであり、むしろ弟は「好きだ」と告白されてから姉の事を女として意識するようになり、関係を続けたい、もっと姉の事を知りたいという思惑に沿って行動します。すると当然、二人の意見は真っ向から対立することになり、想いを伝えられて初めて自分が何を欲しているかを悟った弟からしてみれば満足いく結果を得られず、もやもやとした感情を胸に抱くことになります。その結果、弟はモノローグで姉の事を”この人”と呼び、少し距離が出来てしまったことが分かります。
アンビバレンツな想いが生まれたとき、そしてそれを相手に知らせてしまった時、どのように行動すればいいのか?共通の答えはおそらく存在しないでしょう。離別、心中、家出、初めからなかったことのように振舞う、色々と選択肢はありますが、この漫画がどういった道を通り二人なりの結論に達するのか目が離せない作品であります。
・志摩時緒『あまあま』
同じ高校に通う宮本祐司と原美咲の二人は他の生徒にはバレ無いように付き合っている。美咲は美人として回りからの評判も高く、古くさい言い方をするとマドンナ的存在である。一方、宮本の方はというと特に目立たずかといって周りから空気扱いされているわけでもないフツーの男子高校生である、というのがだいたいの設定。
今号から読み始めた人でも「あまあま」というタイトルが示す通り、初々しい高校生カップルが読んでるこっちがこっ恥ずかしくなるような甘ーっい恋愛模様を繰り広げているのを、悶絶しながら読むもよし、過去の自分を呪いながら読むもよし、世を儚みながら読むもよしなのでご安心を。
ここまで紹介しておいて何なのですが、個人的にこの漫画は好きじゃありません。そのあたりの理由をここでは書いていきますので、興味のない方は飛ばして下さい。
まず、最初の理由として挙げられるのが、”パターン化しすぎている”ことです。パターン化しているので”こうきたら、こうくる”というのが前もって読めてしまうんですよね。第6話にしてすでにマンネリ化していて、数ある高校生カップルもの漫画との差異が見当たりません。秘密の関係といっても、異性間カップルであって、特にやましい事もしていない。中学生のころから付き合っているので、二人の関係に初々しさも無い。では、どのように特色を出していくか?どのように他の漫画との差異を出していくか?という所が作家の腕の見せどころのはずなのに、結局は「秘密にしているが故に他の生徒に嫉妬する」「二人の関係がいつしか深まっているのを逢えない期間が出来て初めて気付いた」というありきたりなものに...。そもそも、この「あまあま」が連載される前から水谷フーカ「14歳の恋」が連載されていたのに、どうして似たようなテーマを連載させたのか編集の意図も不明です。
次の理由として挙げられるのは、最初の理由とも相関関係にあるのですが、”四コマ漫画の体をとっているのにオチが弱い”ことです。そもそもあえて四コマを選んだはずなのに、個々の四コマにタイトルもつけずダラダラと前の四コマの続きを次で続けていくのなら、普通のコマ割りでよかったんじゃないでしょうか?起承転結は一応付いていますが、最も大事な結びのコマ、つまりオチが弱くなるのはこれが理由でしょう。示唆的なコマもありますが、「夜毎の指先」とは違い、こうするのがお決まりだよねという意思によって描かれているとしか思えません。
以上、2つの理由から私はこの作品が好きではありませんが、他の人がどう感じるかは分からないので、もし単なる誹謗中傷意外に意見がある人がいらっしゃいましたら、コメント欄なりTwitterの方なりで、ご意見頂戴出来ると幸いです。
第7号では他にも、男女二人の不倫関係を女性のモノローグで印象的に語るシギサワカヤ『未必の恋』、大人びたい女子中学生と年相応の男子中学生が不思議な縁からデートすることになった中村明日美子『金曜日の遠足』、個人的に今一番お勧めの百合漫画である西UKO『コレクターズ』、ギャグと百合を混ぜた林家志弦『ハート・クッカー』などなど面白い漫画がてんこもりなので、今回はちょっとネガティブな紹介記事になってしまいましたが、『楽園』自体は本当に面白い漫画雑誌なのでたくさんの人に読んでもらいたいと思っています。
というわけで、今回はここまで。またお会いしましょう!アディオス・アミーゴ!
というわけで、十月三十一日発売から一カ月以上を経ていますが、今回紹介する漫画はこれだ!
・『楽園 Le Paradis 第7号』
「おせーよ!」との声援ありがとうございます。しかし、一応このサイトでは毎号とり上げているのでもったいないなぁなんて思いまして、更新させて頂きます。
第7号に参加している漫画家+イラストレイターは二十八人にのぼり、今号には久しぶりに林家志弦さんの作品も掲載されています。宇仁田ゆみ、中村明日美子、沙村広明、鶴田謙二、あさりよしとお、二宮ひかる、など有名漫画家から、鋭気溢れる新鋭漫画家まで相変わらず幅広い人材とジャンルを登用している所が『楽園』のエネルギッシュさを支えているのかもしれないですね。さて、それではその中からいくつか作品をピックアップして紹介していきたいと思います。
表紙は引き続きシギサワカヤさん。三十歳すぎくらいでしょうか?膝の上で組まれた黒いストッキングで包まれた足からは、普段スカートで隠されている太ももが奥までチラリと見えて煽情的です。軽く頬に赤みが差しているので、電話の相手は恋人でしょうか?背景を観察するとおそらく勤め先にいることが分かります。職場では真面目、悪く言うと”お固い”で通っていそうな大人の女性が、恋人の声が聞きたくて休憩時間に電話するなんてストーリーが浮かび上がってきますね!
・仙石寛子「夜毎の指先」
この漫画は、姉と弟との近親相姦をテーマに扱ったものです。近親相姦、絶対のタブーとして世間では扱われているイケない関係。古代から世界各地で実際に行われていながら、遺伝的な問題、社会倫理の問題によって避けるべきもの、かつ侮蔑されるものとして扱われてきたことは周知の通りでしょう。しかし、イケない関係というのは人の性的興味の矛先として向けられるものであり、エロ漫画・官能小説の題材として不朽の地位を獲得している事もまた事実であります。
さて前置きが長くなりましたが、「夜毎の指先」に話を戻しましょう。
二人の関係は両親のいない夜に始まります。姉は弟がソファで眠っている時にそっと口付けし、目を覚ました弟に家族だから大事だと思う気持ちとは違う、恋心の好きという気持ちを抱き続けていたことを告白しはらはらと涙を流します。それに対して弟は、自分も姉の事を大事に思っている、しかし傷つけることになりはしないかと心配だと危惧しながらも、目の前で涙を流す姉の髪にそっと手を触れます。告白されたのは自分の方なのに、震える姉を見てもっとこの人に触れたいと、直接的描写はありませんが、一線を越える...、というのが第1話のあらすじ。
今号、つまり第2話では第1話の夜を越えた、ある日の二人が描かれます。第1話と同様に、背景を全くと言っていいほど描かずに、コマを黒く塗りつぶす、もしくは真っ白なコマにセリフだけが乗っているのが非常に示唆的です。とても目立つ黒く塗りつぶされたコマはつまり罪の隠喩で二人の関係を表すものでしょう。そして、真っ白な背景に書かれたセリフは二人の関係を止めにしたいという気持ちを示したものが多く、洗い流したい欲求を表していると考えられます。
しかし、上記の事柄は姉側の意見のあらわれであり、むしろ弟は「好きだ」と告白されてから姉の事を女として意識するようになり、関係を続けたい、もっと姉の事を知りたいという思惑に沿って行動します。すると当然、二人の意見は真っ向から対立することになり、想いを伝えられて初めて自分が何を欲しているかを悟った弟からしてみれば満足いく結果を得られず、もやもやとした感情を胸に抱くことになります。その結果、弟はモノローグで姉の事を”この人”と呼び、少し距離が出来てしまったことが分かります。
アンビバレンツな想いが生まれたとき、そしてそれを相手に知らせてしまった時、どのように行動すればいいのか?共通の答えはおそらく存在しないでしょう。離別、心中、家出、初めからなかったことのように振舞う、色々と選択肢はありますが、この漫画がどういった道を通り二人なりの結論に達するのか目が離せない作品であります。
・志摩時緒『あまあま』
同じ高校に通う宮本祐司と原美咲の二人は他の生徒にはバレ無いように付き合っている。美咲は美人として回りからの評判も高く、古くさい言い方をするとマドンナ的存在である。一方、宮本の方はというと特に目立たずかといって周りから空気扱いされているわけでもないフツーの男子高校生である、というのがだいたいの設定。
今号から読み始めた人でも「あまあま」というタイトルが示す通り、初々しい高校生カップルが読んでるこっちがこっ恥ずかしくなるような甘ーっい恋愛模様を繰り広げているのを、悶絶しながら読むもよし、過去の自分を呪いながら読むもよし、世を儚みながら読むもよしなのでご安心を。
ここまで紹介しておいて何なのですが、個人的にこの漫画は好きじゃありません。そのあたりの理由をここでは書いていきますので、興味のない方は飛ばして下さい。
まず、最初の理由として挙げられるのが、”パターン化しすぎている”ことです。パターン化しているので”こうきたら、こうくる”というのが前もって読めてしまうんですよね。第6話にしてすでにマンネリ化していて、数ある高校生カップルもの漫画との差異が見当たりません。秘密の関係といっても、異性間カップルであって、特にやましい事もしていない。中学生のころから付き合っているので、二人の関係に初々しさも無い。では、どのように特色を出していくか?どのように他の漫画との差異を出していくか?という所が作家の腕の見せどころのはずなのに、結局は「秘密にしているが故に他の生徒に嫉妬する」「二人の関係がいつしか深まっているのを逢えない期間が出来て初めて気付いた」というありきたりなものに...。そもそも、この「あまあま」が連載される前から水谷フーカ「14歳の恋」が連載されていたのに、どうして似たようなテーマを連載させたのか編集の意図も不明です。
次の理由として挙げられるのは、最初の理由とも相関関係にあるのですが、”四コマ漫画の体をとっているのにオチが弱い”ことです。そもそもあえて四コマを選んだはずなのに、個々の四コマにタイトルもつけずダラダラと前の四コマの続きを次で続けていくのなら、普通のコマ割りでよかったんじゃないでしょうか?起承転結は一応付いていますが、最も大事な結びのコマ、つまりオチが弱くなるのはこれが理由でしょう。示唆的なコマもありますが、「夜毎の指先」とは違い、こうするのがお決まりだよねという意思によって描かれているとしか思えません。
以上、2つの理由から私はこの作品が好きではありませんが、他の人がどう感じるかは分からないので、もし単なる誹謗中傷意外に意見がある人がいらっしゃいましたら、コメント欄なりTwitterの方なりで、ご意見頂戴出来ると幸いです。
第7号では他にも、男女二人の不倫関係を女性のモノローグで印象的に語るシギサワカヤ『未必の恋』、大人びたい女子中学生と年相応の男子中学生が不思議な縁からデートすることになった中村明日美子『金曜日の遠足』、個人的に今一番お勧めの百合漫画である西UKO『コレクターズ』、ギャグと百合を混ぜた林家志弦『ハート・クッカー』などなど面白い漫画がてんこもりなので、今回はちょっとネガティブな紹介記事になってしまいましたが、『楽園』自体は本当に面白い漫画雑誌なのでたくさんの人に読んでもらいたいと思っています。
というわけで、今回はここまで。またお会いしましょう!アディオス・アミーゴ!
2011年12月06日
えー、みなさん、大変お久しぶりです。はじめましての方ははじめまして。ほぼ一月半ぶりの更新となります。「それって、レビューサイトとしてどうなの?ねぇ?」という叱咤の言葉が頭の中から聴こえてはいたのですが、なにせPS3のゲーム『Dark Souls』が面白くて面白くて…。
やっぱり一日の中に更新するという癖をつけないと一旦億劫になるとより億劫になりますね。と、毎度毎度反省の言葉から始まりますが、今日も楽しくいってみましょー。
・小林泰三『大きな森の小さな密室』
2008年に出版された『モザイク事件帖』を改題して文庫版になったこの作品。本作品に収録されている7作品はそれぞれミステリの題材としてよくあるジャンルが1つずつ割り振られ、サブタイトルとしてあえて記されている。例えば、表題作「大きな森の小さな密室」は”犯人当て”、「氷橋」は”倒叙ミステリ”、「更新世の殺人」は”バカミス”、といった風だ。つまり、どのようなジャンルかを最初からネタばらししているわけだが、それで面白さが減じることは無い。むしろ著者自らがハードルを上げ、読者の期待を煽っていると感じた。そして見事に、少なくとも私の期待を、悠々とクリアしていった。
実は更新するにしても1つのエントリで感想/書評するのではなく、拙ブログの”最近読んだ本”シリーズの中に割り振ろうかと最初は思っていたのだが、収録作「正直者の逆説」を読んで考えを変えた。どうして考えを変えたかは後述するとして、まずは作品ごとに簡単なあらすじと感想/書評を書いていきたいと思う。
・「大きな森の小さな密室」
表題作の作品。この作品は”犯人当て”が割り振られている。
蓮井蓮治という男が屋敷で死体となって発見される。屋敷は周囲を森で囲まれ、最寄りのバス停からも1時間近く歩かなくてはならない辺鄙な所にあるので部外者が立ち入る隙は無い。そして蓮井は密室で殺人されていた。ということは、その屋敷に訪れていた互いに関係はないけれども、各人が蓮井に対して何らかのトラブル・悪印象を抱えている男女6人が容疑者である。ではいったい誰が犯人なのか?それを当ててみよう!というのが本短編の趣旨である。
一読目は”解決篇”が始まるまで犯人が分からなかったが、もう一度注意深く読むと犯人がおのずと明らかになる描写が仕込まれているのに気付き、普段推理小説を読まない私でもなんとか犯人を当てることが出来た。ゲーム感覚で気軽に読め、また真相を隠すためにゴチャゴチャと疑わしい事実を撒き散らしていない所に好感が持てた。
・「氷橋」
この短編には”倒叙ミステリ”というジャンルが割り振られている。”倒叙”ってなんだろう?と思い調べてみると「ミステリで最初に犯人が明かされ、主に犯人の視点で物語が展開されていくタイプのもの。アリバイ崩し。」とあった。
まさにその通り、編集者である犯人・乙田三郎太が作家であり不倫関係にあった二ノ宮里香美を殺人する場面から物語は始まる。彼は入念に実験を重ねた氷を用いたトリックで里香美を殺害し、自身のアリバイを確固たるものとするのだが、殺人の翌日、弁護士の西条源治なる人物が乙田の元を訪ねてくる。彼は里香美の夫に雇われた弁護士で、里香美の夫は偶然に死体から推定された殺人時刻に里香美が殺害された現場で目撃されたために警察から重要参考人として注視されていたのである。この弁護士がなんとものらりくらりというかべっとりとした質問の仕方で徐々に乙田を弱らせていき、最後には犯人でしか知りえない情報を警察の前で吐露させ、乙田は逮捕される。
この探偵まがいの弁護士西条がとてもいいキャラ設定で、いやらしくしかし着実に論理を積み上げ、誘導尋問していくストーリーが魅力的な作品だった。
・「自らの伝言」
この作品は”安楽椅子探偵”もの、つまり現場を訪れること無く関係者からの証言を聞いて犯人を推理するタイプの短編である。また、タイトルを読めば勘の良い人は有名なニセ科学である”水からの伝言”のもじりであることに気がつくだろう(ちなみに私は最後まで気が付かなかった)。
郊外にあるコンビニで働く睦月早苗は、常連の客である長柄宮穂子と客足も多くない事もあってその日も無駄話に興じていた。穂子の彼氏は秋葉猛士といい、彼は”水からの伝言”、水の潜在能力を研究する超地球サイエンス研究所という所で研究員をしている。穂子は最近猛士と連絡が付かないこと、また同研究所に勤める荻島貴子の彼氏・山城に貴子と浮気していると勘違いされて付きまとわれているので心配だといった話を早苗ととりとめもなく話していたのだが、もう1人のコンビニ店員新藤礼都に一蹴される。曰く、「わたし、馬鹿には我慢できないの。苛つくから、他所で話してくれない?」と。あわや取っ組み合いの喧嘩になりそうな所を早苗が収め、穂子に猛士のことがそんなに心配ならその研究所に直接行ってみれば?とアドバイスする。
そして、数時間後血相を変えて穂子がコンビニに飛び込んできて猛士が低温室で死亡しており、手には”ナホこ あのおんなはキケンだ”と書かれた紙を握りしめていたことをどうにかこうにか伝える。その時、話を聞いていた礼都が辛辣に話し始めたのだが、それは犯人を突き詰めていたからだった、というストーリー。
礼都の語り口が有無を言わさない完ぺきな論理によってなされているところと、クールな美人だろうなという私の勝手な妄想とが頭の中で結びつけられたので礼都がいちいち格好良すぎて惚れそうになった。また、”水からの伝言”などという馬鹿げた迷信を頭から疑わずに信奉する輩への皮肉を込めた作品でもあろう。
・「更新世の殺人」
この作品には、”バカミス”という愛のこもった罵倒のジャンルが割り当てられている。
解決した事件を世に公表すれば、たちまち国家が転覆したり最終戦争が起こってしまうような難事件にしか興味を示さない探偵Σ。そんな彼の元に発掘現場の更新世の地層からあたかも昨日殺されたがごとき新鮮な死体が出てきた、という難事件(笑)が舞い込んでくる。更新世の地層から出たからには更新世の死体に違いないという常識をブチ破る探偵Σの活躍から眼が離せない!といったストーリー。
えー、徹頭徹尾、終始一貫してバカミスです。バカじゃない所を抽出できることができないくらいのバカミスです。「なんだよ、これw」と言いながら読みしょう。小学生でも思いつきそうな事を大真面目に論議するというのが面白い。
・「正直者の逆説」
さて、なぜ『大きな森の小さな密室』でひとつのエントリを書こうと思ったかというと、実はこの短編が理由だ。この短編だけ副題が”??ミステリ”となっており、読者は途中までこの短編がどんなミステリのテーマにそって書かれているかは分からない。そして、この短編を語るにはどうしてもネタバレせざるを得ないので、読み終わった人だけ以下、選択反転で読めるようにしておく。
(※以下、ネタバレ注意。選択反転)
この短編は、メタミステリである。つまり登場人物は自らが小説中の登場人物であることに気が付き、その特性を持って犯人を突き止める。というか気がつかないと謎が解けない様になっている。
まず、冒頭の文章を引用する事から始めよう。
さて、ストーリーだが、読み終えた人だけがこの文章を読んでいるはずなので書かなくてもいいかとも思ったが、一応簡単に振り返っておこう。
雪で閉ざされた山荘で起こった資産家である金盥狆平殺人事件。容疑者は自称探偵・丸鋸、助手の”わたし”、狆平の甥・怠司、姪の難美、タクシー運転手の平平平平、召使の綾小路、医者の梅安の7人。丸鋸は自作のソフトウェア”万能推理ソフトウェア”を用い犯人を特定しようとするが、ネットワークが断絶したことにより中途で推理が終わってしまう。そのソフトウェアが言うには”そもそもの前提、もっとも初めの部分”に気付けば難なく犯人を特定することが出来るというのだ。
そして、ここからメタミステリとなる。”そもそもの前提、もっとも初めの部分”とは上記で引用した作者の断り書きのことだと、いとも簡単に丸鋸は小説の世界を飛び出す。そして謎解きが始まる...のだが、一読目で249ページからの論理問題を理解することが出来た人はいるだろうか?そして、難美が最後にした質問に答えられた人はいるだろうか?
少なくとも私は、最初3時間ほど考えて諦めた。そして、ネットに回答を見出そうとしたのだが、本作をレビューしているサイトはままあれど、どのサイトもこの2つの問題についてはなんとなく言葉を濁していたり、触れていなかったりしていて、全く役に立たなかった。分からないなら分からなかったと書け!と憤慨した私は、こうなっては仕方がない。今後、本短編を読んで詰まった人のために立ち上がろうではないか!自分で考えよう、となんども読み返し、紙に要点をまとめ、平易な文章に直し、あれやこれや考えて自分なりの解答を見出すことに成功した。それが以下のリンク先である。
「正直者の逆説」の質問のメタ化に対する考察
本当はPDFでアップロードしたかったのだが、やり方が分からなかったので画面をキャプチャーしてJPGにしていることについてお詫びしたい。このリンク先の文章こそ、今回の更新で私が一番閲覧者に伝えたかったこと、また本当にこれで合っているのか教えて欲しいことだ。是非、読んで頂いて、なんらかの反応を頂戴できればと思っている。
(※以上、ネタバレ終了)
・「遺体の代弁者」
この作品には”SFミステリ”という副題が与えられている。SFミステリ、詳しく言うならば、この作品ではSF的ガジェットと使ったミステリである。
前向性健忘症の田村二吉は、丸鋸博士と名乗る人物に脳を改造され、殺人事件の被害者の海馬をスライスしたものを脳に移植することで、一時的ではあるが被害者の記憶、殺害された当時の記憶を脳内で再生することができるようになっていた。そして、有村隆弘とその愛人・烏丸燐子がビルから転落死した事件で容疑者扱いされている有村の妻・瑞穂が事件に関わっているかどうかを確認することになるのだが、被害者の脳から得た情報と瑞穂の発言との間に些細な違和感があることに気付き…、といったストーリー。
前向性健忘症、すなわち新しい事が記憶できない(田村の場合は約30分が限度)という設定を感じさせるかのように、文章にスピード感があってとてもスリリングな作品だった。また、解き明かされるトリックとまさかの展開が後半で待ちかまえており、あっ!と驚かされるだろう。
・「路上に放置されたパン屑の研究」
なんだか小説のタイトルとは思えないこの短編に振られたサブタイトルは”日常の謎”。
ある日、田村二吉の住む部屋に岡崎徳三郎と名乗る高齢の男性が、君は有名な探偵と聞いた、ついては私がいま現在抱えている問題を解決してほしい、と訪ねてくる。しかし田村は前向性健忘症を患っているが、サラリーマンをしているという記憶は残っており、わたしは探偵ではありません、何かお間違えでは?と断ろうとする。しかし岡崎の巧みな話術と岡崎が抱えているという問題に興味をもった田村は素人の意見でよければ、と承諾する。その岡崎が抱えている問題とは、2,3日おきに特定の場所にパン屑が落ちている、というなんとも不思議なもの。なんとかパン屑が落ちている一般的な理由や、落ちている場所などから理由を探ろうとするが、真実らしい結論には辿りつけず、岡崎は帰っていくのだが、田村が記憶を失くした頃にまた訪れてきて同じ謎を解いてもらおうとする。いったい岡崎の狙いは何なのか?なぜパン屑が道端に、それも特定の場所に落されているのか?...、といったストーリー。
この短編が、本作品の中で個人的に一番好きな話である。気付かなければどうともないが、一旦気付けばやたらめったら気になる”日常の謎”として挙げている謎が、道端の特定のポイントにパン屑が落ちているということというのはくだらないけど気にならざるを得ない魔力を秘めている。そして、その謎が解かれた!と思った矢先に訪れるブラックともいえるオチがまた堪らなく良い。
【総括】
全短編に渡って言えることは、私が個人的に小林さんのミステリ作品の魅力と考えている、冷徹な論理に基づく登場人物同士の会話が冴えわたっていることである。時に騙し合い、厳然たる事実を突き付け、誘導尋問をしながら追い詰めていくのだが、その過程に背筋がゾクゾクするほどの快感を味わうのだ。話者同士が理知的なのが快感を味わわせる理由の一端かもしれない。
また、どの作品もオチがいい。「これにて一件落着!」といったようなちょっとしたユーモアで、緊張の連続を強いられた後訪れる上記の快感の余韻に浸りながら、クスッととこさせる。完璧ではないか。
というわけで、初めて小林泰三作品に触れる人にも、小林泰三ジャンキーの人にも満足できる1冊に仕上がっている。漫画家の石黒正数さんが好きだという人、最近の「世にも奇妙な物語」に不満を感じている人に特にお薦めしたい。
というわけで、えらい長くなってしまいましたが、今回のレビューはこれにてお終い。また近いうちにお会いしましょう!
やっぱり一日の中に更新するという癖をつけないと一旦億劫になるとより億劫になりますね。と、毎度毎度反省の言葉から始まりますが、今日も楽しくいってみましょー。
・小林泰三『大きな森の小さな密室』
2008年に出版された『モザイク事件帖』を改題して文庫版になったこの作品。本作品に収録されている7作品はそれぞれミステリの題材としてよくあるジャンルが1つずつ割り振られ、サブタイトルとしてあえて記されている。例えば、表題作「大きな森の小さな密室」は”犯人当て”、「氷橋」は”倒叙ミステリ”、「更新世の殺人」は”バカミス”、といった風だ。つまり、どのようなジャンルかを最初からネタばらししているわけだが、それで面白さが減じることは無い。むしろ著者自らがハードルを上げ、読者の期待を煽っていると感じた。そして見事に、少なくとも私の期待を、悠々とクリアしていった。
実は更新するにしても1つのエントリで感想/書評するのではなく、拙ブログの”最近読んだ本”シリーズの中に割り振ろうかと最初は思っていたのだが、収録作「正直者の逆説」を読んで考えを変えた。どうして考えを変えたかは後述するとして、まずは作品ごとに簡単なあらすじと感想/書評を書いていきたいと思う。
・「大きな森の小さな密室」
表題作の作品。この作品は”犯人当て”が割り振られている。
蓮井蓮治という男が屋敷で死体となって発見される。屋敷は周囲を森で囲まれ、最寄りのバス停からも1時間近く歩かなくてはならない辺鄙な所にあるので部外者が立ち入る隙は無い。そして蓮井は密室で殺人されていた。ということは、その屋敷に訪れていた互いに関係はないけれども、各人が蓮井に対して何らかのトラブル・悪印象を抱えている男女6人が容疑者である。ではいったい誰が犯人なのか?それを当ててみよう!というのが本短編の趣旨である。
一読目は”解決篇”が始まるまで犯人が分からなかったが、もう一度注意深く読むと犯人がおのずと明らかになる描写が仕込まれているのに気付き、普段推理小説を読まない私でもなんとか犯人を当てることが出来た。ゲーム感覚で気軽に読め、また真相を隠すためにゴチャゴチャと疑わしい事実を撒き散らしていない所に好感が持てた。
・「氷橋」
この短編には”倒叙ミステリ”というジャンルが割り振られている。”倒叙”ってなんだろう?と思い調べてみると「ミステリで最初に犯人が明かされ、主に犯人の視点で物語が展開されていくタイプのもの。アリバイ崩し。」とあった。
まさにその通り、編集者である犯人・乙田三郎太が作家であり不倫関係にあった二ノ宮里香美を殺人する場面から物語は始まる。彼は入念に実験を重ねた氷を用いたトリックで里香美を殺害し、自身のアリバイを確固たるものとするのだが、殺人の翌日、弁護士の西条源治なる人物が乙田の元を訪ねてくる。彼は里香美の夫に雇われた弁護士で、里香美の夫は偶然に死体から推定された殺人時刻に里香美が殺害された現場で目撃されたために警察から重要参考人として注視されていたのである。この弁護士がなんとものらりくらりというかべっとりとした質問の仕方で徐々に乙田を弱らせていき、最後には犯人でしか知りえない情報を警察の前で吐露させ、乙田は逮捕される。
この探偵まがいの弁護士西条がとてもいいキャラ設定で、いやらしくしかし着実に論理を積み上げ、誘導尋問していくストーリーが魅力的な作品だった。
・「自らの伝言」
この作品は”安楽椅子探偵”もの、つまり現場を訪れること無く関係者からの証言を聞いて犯人を推理するタイプの短編である。また、タイトルを読めば勘の良い人は有名なニセ科学である”水からの伝言”のもじりであることに気がつくだろう(ちなみに私は最後まで気が付かなかった)。
郊外にあるコンビニで働く睦月早苗は、常連の客である長柄宮穂子と客足も多くない事もあってその日も無駄話に興じていた。穂子の彼氏は秋葉猛士といい、彼は”水からの伝言”、水の潜在能力を研究する超地球サイエンス研究所という所で研究員をしている。穂子は最近猛士と連絡が付かないこと、また同研究所に勤める荻島貴子の彼氏・山城に貴子と浮気していると勘違いされて付きまとわれているので心配だといった話を早苗ととりとめもなく話していたのだが、もう1人のコンビニ店員新藤礼都に一蹴される。曰く、「わたし、馬鹿には我慢できないの。苛つくから、他所で話してくれない?」と。あわや取っ組み合いの喧嘩になりそうな所を早苗が収め、穂子に猛士のことがそんなに心配ならその研究所に直接行ってみれば?とアドバイスする。
そして、数時間後血相を変えて穂子がコンビニに飛び込んできて猛士が低温室で死亡しており、手には”ナホこ あのおんなはキケンだ”と書かれた紙を握りしめていたことをどうにかこうにか伝える。その時、話を聞いていた礼都が辛辣に話し始めたのだが、それは犯人を突き詰めていたからだった、というストーリー。
礼都の語り口が有無を言わさない完ぺきな論理によってなされているところと、クールな美人だろうなという私の勝手な妄想とが頭の中で結びつけられたので礼都がいちいち格好良すぎて惚れそうになった。また、”水からの伝言”などという馬鹿げた迷信を頭から疑わずに信奉する輩への皮肉を込めた作品でもあろう。
・「更新世の殺人」
この作品には、”バカミス”という愛のこもった罵倒のジャンルが割り当てられている。
解決した事件を世に公表すれば、たちまち国家が転覆したり最終戦争が起こってしまうような難事件にしか興味を示さない探偵Σ。そんな彼の元に発掘現場の更新世の地層からあたかも昨日殺されたがごとき新鮮な死体が出てきた、という難事件(笑)が舞い込んでくる。更新世の地層から出たからには更新世の死体に違いないという常識をブチ破る探偵Σの活躍から眼が離せない!といったストーリー。
えー、徹頭徹尾、終始一貫してバカミスです。バカじゃない所を抽出できることができないくらいのバカミスです。「なんだよ、これw」と言いながら読みしょう。小学生でも思いつきそうな事を大真面目に論議するというのが面白い。
・「正直者の逆説」
さて、なぜ『大きな森の小さな密室』でひとつのエントリを書こうと思ったかというと、実はこの短編が理由だ。この短編だけ副題が”??ミステリ”となっており、読者は途中までこの短編がどんなミステリのテーマにそって書かれているかは分からない。そして、この短編を語るにはどうしてもネタバレせざるを得ないので、読み終わった人だけ以下、選択反転で読めるようにしておく。
(※以下、ネタバレ注意。選択反転)
この短編は、メタミステリである。つまり登場人物は自らが小説中の登場人物であることに気が付き、その特性を持って犯人を突き止める。というか気がつかないと謎が解けない様になっている。
まず、冒頭の文章を引用する事から始めよう。
と冒頭で小林さんよりメッセージが明記されており、これがのちのち重要な事になってくるのであえて明記しておいた。[読者へのヒント]
ミステリは物語展開の都合上、目撃者や関係者の証言を推理の根拠に用いることが頻繁に行われる。
しかし、登場人物の発言を無批判に信ずることは常識に反しているし、また現に犯人は必ずと言って
いいほど嘘を吐いている。だからといって、登場人物の発言を疑ってかかり、
全てに傍証を求めたなら、物語展開はとても煩雑で面白味のないものになってしまう。
そこで、今回は作者より、読者へのヒントとして、以下のことを明言し、保証することにする。
本編作品中、犯人以外の登場人物は決して故意に嘘を吐くことはない。
さて、ストーリーだが、読み終えた人だけがこの文章を読んでいるはずなので書かなくてもいいかとも思ったが、一応簡単に振り返っておこう。
雪で閉ざされた山荘で起こった資産家である金盥狆平殺人事件。容疑者は自称探偵・丸鋸、助手の”わたし”、狆平の甥・怠司、姪の難美、タクシー運転手の平平平平、召使の綾小路、医者の梅安の7人。丸鋸は自作のソフトウェア”万能推理ソフトウェア”を用い犯人を特定しようとするが、ネットワークが断絶したことにより中途で推理が終わってしまう。そのソフトウェアが言うには”そもそもの前提、もっとも初めの部分”に気付けば難なく犯人を特定することが出来るというのだ。
そして、ここからメタミステリとなる。”そもそもの前提、もっとも初めの部分”とは上記で引用した作者の断り書きのことだと、いとも簡単に丸鋸は小説の世界を飛び出す。そして謎解きが始まる...のだが、一読目で249ページからの論理問題を理解することが出来た人はいるだろうか?そして、難美が最後にした質問に答えられた人はいるだろうか?
少なくとも私は、最初3時間ほど考えて諦めた。そして、ネットに回答を見出そうとしたのだが、本作をレビューしているサイトはままあれど、どのサイトもこの2つの問題についてはなんとなく言葉を濁していたり、触れていなかったりしていて、全く役に立たなかった。分からないなら分からなかったと書け!と憤慨した私は、こうなっては仕方がない。今後、本短編を読んで詰まった人のために立ち上がろうではないか!自分で考えよう、となんども読み返し、紙に要点をまとめ、平易な文章に直し、あれやこれや考えて自分なりの解答を見出すことに成功した。それが以下のリンク先である。
「正直者の逆説」の質問のメタ化に対する考察
本当はPDFでアップロードしたかったのだが、やり方が分からなかったので画面をキャプチャーしてJPGにしていることについてお詫びしたい。このリンク先の文章こそ、今回の更新で私が一番閲覧者に伝えたかったこと、また本当にこれで合っているのか教えて欲しいことだ。是非、読んで頂いて、なんらかの反応を頂戴できればと思っている。
(※以上、ネタバレ終了)
・「遺体の代弁者」
この作品には”SFミステリ”という副題が与えられている。SFミステリ、詳しく言うならば、この作品ではSF的ガジェットと使ったミステリである。
前向性健忘症の田村二吉は、丸鋸博士と名乗る人物に脳を改造され、殺人事件の被害者の海馬をスライスしたものを脳に移植することで、一時的ではあるが被害者の記憶、殺害された当時の記憶を脳内で再生することができるようになっていた。そして、有村隆弘とその愛人・烏丸燐子がビルから転落死した事件で容疑者扱いされている有村の妻・瑞穂が事件に関わっているかどうかを確認することになるのだが、被害者の脳から得た情報と瑞穂の発言との間に些細な違和感があることに気付き…、といったストーリー。
前向性健忘症、すなわち新しい事が記憶できない(田村の場合は約30分が限度)という設定を感じさせるかのように、文章にスピード感があってとてもスリリングな作品だった。また、解き明かされるトリックとまさかの展開が後半で待ちかまえており、あっ!と驚かされるだろう。
・「路上に放置されたパン屑の研究」
なんだか小説のタイトルとは思えないこの短編に振られたサブタイトルは”日常の謎”。
ある日、田村二吉の住む部屋に岡崎徳三郎と名乗る高齢の男性が、君は有名な探偵と聞いた、ついては私がいま現在抱えている問題を解決してほしい、と訪ねてくる。しかし田村は前向性健忘症を患っているが、サラリーマンをしているという記憶は残っており、わたしは探偵ではありません、何かお間違えでは?と断ろうとする。しかし岡崎の巧みな話術と岡崎が抱えているという問題に興味をもった田村は素人の意見でよければ、と承諾する。その岡崎が抱えている問題とは、2,3日おきに特定の場所にパン屑が落ちている、というなんとも不思議なもの。なんとかパン屑が落ちている一般的な理由や、落ちている場所などから理由を探ろうとするが、真実らしい結論には辿りつけず、岡崎は帰っていくのだが、田村が記憶を失くした頃にまた訪れてきて同じ謎を解いてもらおうとする。いったい岡崎の狙いは何なのか?なぜパン屑が道端に、それも特定の場所に落されているのか?...、といったストーリー。
この短編が、本作品の中で個人的に一番好きな話である。気付かなければどうともないが、一旦気付けばやたらめったら気になる”日常の謎”として挙げている謎が、道端の特定のポイントにパン屑が落ちているということというのはくだらないけど気にならざるを得ない魔力を秘めている。そして、その謎が解かれた!と思った矢先に訪れるブラックともいえるオチがまた堪らなく良い。
【総括】
全短編に渡って言えることは、私が個人的に小林さんのミステリ作品の魅力と考えている、冷徹な論理に基づく登場人物同士の会話が冴えわたっていることである。時に騙し合い、厳然たる事実を突き付け、誘導尋問をしながら追い詰めていくのだが、その過程に背筋がゾクゾクするほどの快感を味わうのだ。話者同士が理知的なのが快感を味わわせる理由の一端かもしれない。
また、どの作品もオチがいい。「これにて一件落着!」といったようなちょっとしたユーモアで、緊張の連続を強いられた後訪れる上記の快感の余韻に浸りながら、クスッととこさせる。完璧ではないか。
というわけで、初めて小林泰三作品に触れる人にも、小林泰三ジャンキーの人にも満足できる1冊に仕上がっている。漫画家の石黒正数さんが好きだという人、最近の「世にも奇妙な物語」に不満を感じている人に特にお薦めしたい。
というわけで、えらい長くなってしまいましたが、今回のレビューはこれにてお終い。また近いうちにお会いしましょう!
2011年10月17日
おっと気がつけば10月も半ばを過ぎているじゃないですか!やだー!もう今年も終わっちゃうよー!というわけで、1カ月と少々ぶりの更新であります。いや、感想書きたい漫画やら小説はあるんだけども、なんとなくブログの更新をするのが億劫で…。まぁ、あんまり気張らずにこれからもやっていけたらいいなと思っています。Twitterの方では随時、読んだ本や漫画の感想、観た映画・アニメの感想なんかを呟いておりますので、こちらの方も合わせてよろしくお願いします。さて、今回の更新は小説の感想です。
・メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』
言わずと知れたゴシック・ロマンスの傑作。何度も映画化されているのでストーリーは知っているという人は多いと思うが、実際に原作を読んだ人となるとその数はぐっと減り、またフランケンシュタインを怪物の名前だと勘違いしていたり、”怪物”は頭にボルトが刺さっていて「あーうー」としか喋ることが出来ないと勘違いしている人は多いのではないだろうか。
本書の構成は、北極に探検に来た才気あふれるが理解者がいないことを嘆く冒険家の若者ロバート・ウォルトンが実姉に出した手紙、つまり伝聞の形をとっており、ウォルトンの現在→フランケンシュタインの過去→怪物の過去→フランケンシュタインの過去→ウォルトンの現在、という順番で時系列順に物語は語られる。
船に乗り北極探検に向かったウォルトンは、ある日流氷の上で遭難している人物を保護する。その人物がヴィクター・フランケンシュタインで、彼は体力が回復するにつれ、自分がなぜこんなところで遭難するに至ったかをウォルトンに語りだす。その過去こそ、名も無き”怪物”を創り出してしまった事であり、その怪物によってもたらされた惨劇であった…、というのが大まかなストーリー。
『フランケンシュタイン』は孤独の物語である。ヴィクターは無責任で終始自らがなしてしまったことについての責任から逃れようとし、結局愛するもの全てを失ってしまう。怪物の方は、産まれた瞬間に創造神(=ヴィクター)から見放されることになり、放浪の末辿りついた森での暮らしで自然の美しさを知ったものの、その後小さな村の納屋に隠れそこに住む家族を観察し様々な事を学ぶうちに、自分がとてつもなく異形で自分の理解者はこの世に1人もいないという現実に気付かされる。
2人の孤独なキャラクターは旅の最後で何を見るのか、それを是非読んで確かめて欲しい。出版されて200年近く経っても、読後、胸にこみ上げる虚しさは何ら色褪せていない。
ちなみに、『フランケンシュタイン』を考察する際に定石となっているのが、”心理学的読み”および”科学的読み”である。前者は<抑圧された本能=汚く醜いものが脅威となって回帰してくる>物語として本書を読むことであり、後者はブライアン・オールディスが著書『十億年の宴』で持ち上げたことで定説化した、つまり、フランケンシュタインの怪物とは、それを発明した人間の手から”自走するテクノロジー”の脅威ということである。
(この文章を書くにあたって風間賢二氏の『ホラー小説大全 ドラキュラからキングまで』を参考にし、一部引用させていただいたことを最後に記しておく。最高のホラー小説入門書&ガイドブック&評論の書である。)
・ガイ・バート『ソフィー』
「ミステリで何か良作が読みたいな〜」と考えていたら、最近はすっかり落ち着いてしまった感のあるサービス、”ザ・インタビューズ”でこんなものを見かけた。
海外ミステリ初心者なのですが、何がオススメですか?5冊ほど挙げてくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
私もミステリ初心者であったことと、入手が容易で現役で活躍されている作家の作品という事で興味を持ち、とりあえず買ってみたのが、この一冊。想像以上の読書体験を与えてくれた。
嵐の夜に、蝋燭のみを灯した影の濃い荒れ果てた部屋の中で拘束された女性ソフィーと、彼女を監禁状態にしている男でありソフィーの弟でもあるマシューが「ソフィー?殴ったりして悪かったよ。ほんとは、乱暴なんかしたくない。でも――わかるだろ?嘘はいやなんだ。そういう段階はもう過ぎた。駆け引きはごめんだ。いいね?」となんだか色々な事を示唆するようなセリフを述べるシーンから唐突に物語は始まる。
本書は、2人の過去と現在の状況とが交互に語られる構成をしており、過去パートでは2人の子供時代の幸せだけれども、ソフィーの謎あふれる行動に疑問をうっすらと抱くマシューの思い出が語られ、現在パートではその過去の思い出を元に現在なぜ拘束されている/拘束してしまったかが徐々に明らかになっていく。
イギリスの片田舎の田園地帯で育ち、採石場跡や広大な庭に秘密基地を作り、近くの森で遊ぶ姿は美しく正に<楽園>のようだが、その一方で、ほこりっぽい居間に居座り子供たちの面倒を見ない母親、滅多に姿を見せない父親、ソフィーが時折見せる謎めいた行動が物語に不穏な気配、穏便に終わることはないだろうという予測を与えてくれる。
何を語ってもネタバレになってしまいそうなので多くは語らないが、隠喩や暗喩を多く用いた文章を読み進めていくうちに、前述の謎が明らかになっていく様は快感でもあったが、子供時代つまり<楽園>の終焉、そうせざるをえなかった姉ソフィーの行動と、現在の状況を作りださずにはいられなかった弟マシューの目的もまた同時に明らかになっていくので、哀しさと諦念も感じざるを得なかった。
面白いミステリが読みたいならこの作品を読んでみればいいと自信を持って薦めることが出来る作品。目を皿のようにして少しの情報も逃さないように注意しながら、瑞々しい情景描写に純粋に心を委ねてみよう。
えー、もう一作紹介しようかと思ったが、久々の更新なので、このくらいで勘弁して下さい。どうやって文章を書いていたかをすっかり忘れてしまった気がするが、以前の文章を読み返してみるとたいして変わっていないことに気づいた絶望感に浸りながら筆をおきたいと思います。
それでは、次回の更新(なるべく早くくるようにするよ!)でお会いしましょう!
・メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』
言わずと知れたゴシック・ロマンスの傑作。何度も映画化されているのでストーリーは知っているという人は多いと思うが、実際に原作を読んだ人となるとその数はぐっと減り、またフランケンシュタインを怪物の名前だと勘違いしていたり、”怪物”は頭にボルトが刺さっていて「あーうー」としか喋ることが出来ないと勘違いしている人は多いのではないだろうか。
本書の構成は、北極に探検に来た才気あふれるが理解者がいないことを嘆く冒険家の若者ロバート・ウォルトンが実姉に出した手紙、つまり伝聞の形をとっており、ウォルトンの現在→フランケンシュタインの過去→怪物の過去→フランケンシュタインの過去→ウォルトンの現在、という順番で時系列順に物語は語られる。
船に乗り北極探検に向かったウォルトンは、ある日流氷の上で遭難している人物を保護する。その人物がヴィクター・フランケンシュタインで、彼は体力が回復するにつれ、自分がなぜこんなところで遭難するに至ったかをウォルトンに語りだす。その過去こそ、名も無き”怪物”を創り出してしまった事であり、その怪物によってもたらされた惨劇であった…、というのが大まかなストーリー。
『フランケンシュタイン』は孤独の物語である。ヴィクターは無責任で終始自らがなしてしまったことについての責任から逃れようとし、結局愛するもの全てを失ってしまう。怪物の方は、産まれた瞬間に創造神(=ヴィクター)から見放されることになり、放浪の末辿りついた森での暮らしで自然の美しさを知ったものの、その後小さな村の納屋に隠れそこに住む家族を観察し様々な事を学ぶうちに、自分がとてつもなく異形で自分の理解者はこの世に1人もいないという現実に気付かされる。
2人の孤独なキャラクターは旅の最後で何を見るのか、それを是非読んで確かめて欲しい。出版されて200年近く経っても、読後、胸にこみ上げる虚しさは何ら色褪せていない。
ちなみに、『フランケンシュタイン』を考察する際に定石となっているのが、”心理学的読み”および”科学的読み”である。前者は<抑圧された本能=汚く醜いものが脅威となって回帰してくる>物語として本書を読むことであり、後者はブライアン・オールディスが著書『十億年の宴』で持ち上げたことで定説化した、つまり、フランケンシュタインの怪物とは、それを発明した人間の手から”自走するテクノロジー”の脅威ということである。
(この文章を書くにあたって風間賢二氏の『ホラー小説大全 ドラキュラからキングまで』を参考にし、一部引用させていただいたことを最後に記しておく。最高のホラー小説入門書&ガイドブック&評論の書である。)
・ガイ・バート『ソフィー』
「ミステリで何か良作が読みたいな〜」と考えていたら、最近はすっかり落ち着いてしまった感のあるサービス、”ザ・インタビューズ”でこんなものを見かけた。
海外ミステリ初心者なのですが、何がオススメですか?5冊ほど挙げてくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
私もミステリ初心者であったことと、入手が容易で現役で活躍されている作家の作品という事で興味を持ち、とりあえず買ってみたのが、この一冊。想像以上の読書体験を与えてくれた。
嵐の夜に、蝋燭のみを灯した影の濃い荒れ果てた部屋の中で拘束された女性ソフィーと、彼女を監禁状態にしている男でありソフィーの弟でもあるマシューが「ソフィー?殴ったりして悪かったよ。ほんとは、乱暴なんかしたくない。でも――わかるだろ?嘘はいやなんだ。そういう段階はもう過ぎた。駆け引きはごめんだ。いいね?」となんだか色々な事を示唆するようなセリフを述べるシーンから唐突に物語は始まる。
本書は、2人の過去と現在の状況とが交互に語られる構成をしており、過去パートでは2人の子供時代の幸せだけれども、ソフィーの謎あふれる行動に疑問をうっすらと抱くマシューの思い出が語られ、現在パートではその過去の思い出を元に現在なぜ拘束されている/拘束してしまったかが徐々に明らかになっていく。
イギリスの片田舎の田園地帯で育ち、採石場跡や広大な庭に秘密基地を作り、近くの森で遊ぶ姿は美しく正に<楽園>のようだが、その一方で、ほこりっぽい居間に居座り子供たちの面倒を見ない母親、滅多に姿を見せない父親、ソフィーが時折見せる謎めいた行動が物語に不穏な気配、穏便に終わることはないだろうという予測を与えてくれる。
何を語ってもネタバレになってしまいそうなので多くは語らないが、隠喩や暗喩を多く用いた文章を読み進めていくうちに、前述の謎が明らかになっていく様は快感でもあったが、子供時代つまり<楽園>の終焉、そうせざるをえなかった姉ソフィーの行動と、現在の状況を作りださずにはいられなかった弟マシューの目的もまた同時に明らかになっていくので、哀しさと諦念も感じざるを得なかった。
面白いミステリが読みたいならこの作品を読んでみればいいと自信を持って薦めることが出来る作品。目を皿のようにして少しの情報も逃さないように注意しながら、瑞々しい情景描写に純粋に心を委ねてみよう。
えー、もう一作紹介しようかと思ったが、久々の更新なので、このくらいで勘弁して下さい。どうやって文章を書いていたかをすっかり忘れてしまった気がするが、以前の文章を読み返してみるとたいして変わっていないことに気づいた絶望感に浸りながら筆をおきたいと思います。
それでは、次回の更新(なるべく早くくるようにするよ!)でお会いしましょう!
2011年09月09日
台風一過、随分と秋めいてきた昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか?季節の変わり目は体調を崩しやすい時期でもあります。体調にはくれぐれも気をつけましょうね!
ところで話は変わりますが、9月3日と4日に静岡にて開催された第50回SF大会”ドンブラコンL”に参加してまいりました。最初は、そのことを記事にしようかとも思ったのですが、余り良い体験が己の未熟さゆえ出来ずじまいでしたので止めにしました。変わりと言っては何ですが、何枚か撮ってきた写真をTwitpicの方にアップロードしておきましたので興味のある方はこちらからどうぞ→@Sacred_Maggot
さて、それではレビューに入っていきましょう。
・北野勇作『きつねのつき』
2011年に入って2冊目の北野さんの著書『きつねのつき』である。5月に出た『かめ探偵K』は拙ブログでも取り上げているので、興味のある方はここを参照のこと。
では、今作『きつねのつき』の話に入っていこう。
本作の主人公”私”には妻と春子という名の娘がおり、娘と”私”の日常を北野さんらしい時に優しく時にシュールな文体で綴られた連作短編集といった体をなしている。このように書くと、単なる育児エッセイのように聞こえるかもしれないが、北野さんの作品なのでそうは問屋が卸さない。
というのも、どうやらこの作品の中で日本は軍事的な危機に晒されており、それに対抗するため人工巨大人というものを開発していたらしい。しかし3年前のある日、事故が起こった。起動実験に失敗した、他国のスパイの仕業、何らかの攻撃を受けたなど様々な原因が推測されたがどれも噂の域を超えないものであった。現実として人工巨大人は起動に失敗して大地に倒れ込み、周りの質量をどんどん吸収した結果、なし崩しに融解が始まり、液状化した人工巨大人の構成物質である超活性細胞の波によって町は呑み込まれることになる。その人工巨大人を開発していた会社に勤め、事故直後の現場にいたのが何を隠そう主人公”私”なのだ。超活性細胞の波に呑み込まれた人の大半は人としての形を失くしドロドロになってしまったのだが、”私”は違った。超活性細胞を体に取り込むことによって人の形をしたヒトならざる異形のものになってしまうのだ。
その後、倒れた人工巨大人にはその存在をあたかも最初からなかったことにするように空から土砂が撒かれ、町は高い塀によって外界と隔離され、外界から訪れる者は完全防護服を着て訪れる、そんな町になってしまった。
そして”私”の妻はどうなったかというと、産休中で家にいたために逃げ遅れ、超活性細胞の波に呑み込まれて肉の莢でできた蛹の様な物体になり果てていた。それを悲しんだ”私”は、倒れた巨大人の体内に忍び込み超活性細胞を頂戴して、それを用いることで妻を再構築する。するとある朝目覚めると4畳半の自宅の部屋の天井に妻は貼りついていた。それが元の妻と同じかどうかは誰にも分からないが、とにかく”それ”から娘が産まれた。
”私”の願いはただ一つ。「静かに家族とここで暮らしていきたい」というもの。後ろめたい幸せを感じながら、”私”は今日も娘を公園に連れていったり、保育園に迎えに行ったりして過ごしている...。
こういった背景は最初に説明があるのではなく読み進めていくうちに徐々に明らかになってくる。すると、娘と”私”の日常は楽しそうで朗らかなものであるはずなのに読み始めから心のどこかで感じていた寂しさや心にポッカリと穴のあいたような気持ちに理由がついていく。幻想的な章や変わり果てたグロテスクな妻や”私”の姿の描写もまたそれに拍車をかける。無邪気に遊ぶ娘の姿に共感を覚え胸が温かくなる一方、終わりの到来を予期する”私”には諦念、虚無感といったものを感じ取れるだろう。結末がまた秀逸で、儚さから垣間見える美しさとグロテスクの中にある美が同居した感動を、読者に与えてくれる。自分は読み終えた後、頭がボーっとしてしばらく何も考えられなかった。今の日本の様々な惨事がある現状に絶望している人、本当に大切なものは何かを見失っている人にこそ読んで欲しい1冊である。
ちなみに、これは楽屋裏話になるが、Twitterで北野さんにお伺いした所、もともと保育園の送り迎えのときのなんとも妙な感覚を文章で定着しておこうと思って書きはじめた小説であり舞台は北野さんの地元に本当にある所を登場させている、ということだそうだ。これほど幻想的な感覚を日常で感じられる感性に驚くばかりである。
ところで話は変わりますが、9月3日と4日に静岡にて開催された第50回SF大会”ドンブラコンL”に参加してまいりました。最初は、そのことを記事にしようかとも思ったのですが、余り良い体験が己の未熟さゆえ出来ずじまいでしたので止めにしました。変わりと言っては何ですが、何枚か撮ってきた写真をTwitpicの方にアップロードしておきましたので興味のある方はこちらからどうぞ→@Sacred_Maggot
さて、それではレビューに入っていきましょう。
・北野勇作『きつねのつき』
2011年に入って2冊目の北野さんの著書『きつねのつき』である。5月に出た『かめ探偵K』は拙ブログでも取り上げているので、興味のある方はここを参照のこと。
では、今作『きつねのつき』の話に入っていこう。
本作の主人公”私”には妻と春子という名の娘がおり、娘と”私”の日常を北野さんらしい時に優しく時にシュールな文体で綴られた連作短編集といった体をなしている。このように書くと、単なる育児エッセイのように聞こえるかもしれないが、北野さんの作品なのでそうは問屋が卸さない。
というのも、どうやらこの作品の中で日本は軍事的な危機に晒されており、それに対抗するため人工巨大人というものを開発していたらしい。しかし3年前のある日、事故が起こった。起動実験に失敗した、他国のスパイの仕業、何らかの攻撃を受けたなど様々な原因が推測されたがどれも噂の域を超えないものであった。現実として人工巨大人は起動に失敗して大地に倒れ込み、周りの質量をどんどん吸収した結果、なし崩しに融解が始まり、液状化した人工巨大人の構成物質である超活性細胞の波によって町は呑み込まれることになる。その人工巨大人を開発していた会社に勤め、事故直後の現場にいたのが何を隠そう主人公”私”なのだ。超活性細胞の波に呑み込まれた人の大半は人としての形を失くしドロドロになってしまったのだが、”私”は違った。超活性細胞を体に取り込むことによって人の形をしたヒトならざる異形のものになってしまうのだ。
その後、倒れた人工巨大人にはその存在をあたかも最初からなかったことにするように空から土砂が撒かれ、町は高い塀によって外界と隔離され、外界から訪れる者は完全防護服を着て訪れる、そんな町になってしまった。
そして”私”の妻はどうなったかというと、産休中で家にいたために逃げ遅れ、超活性細胞の波に呑み込まれて肉の莢でできた蛹の様な物体になり果てていた。それを悲しんだ”私”は、倒れた巨大人の体内に忍び込み超活性細胞を頂戴して、それを用いることで妻を再構築する。するとある朝目覚めると4畳半の自宅の部屋の天井に妻は貼りついていた。それが元の妻と同じかどうかは誰にも分からないが、とにかく”それ”から娘が産まれた。
”私”の願いはただ一つ。「静かに家族とここで暮らしていきたい」というもの。後ろめたい幸せを感じながら、”私”は今日も娘を公園に連れていったり、保育園に迎えに行ったりして過ごしている...。
こういった背景は最初に説明があるのではなく読み進めていくうちに徐々に明らかになってくる。すると、娘と”私”の日常は楽しそうで朗らかなものであるはずなのに読み始めから心のどこかで感じていた寂しさや心にポッカリと穴のあいたような気持ちに理由がついていく。幻想的な章や変わり果てたグロテスクな妻や”私”の姿の描写もまたそれに拍車をかける。無邪気に遊ぶ娘の姿に共感を覚え胸が温かくなる一方、終わりの到来を予期する”私”には諦念、虚無感といったものを感じ取れるだろう。結末がまた秀逸で、儚さから垣間見える美しさとグロテスクの中にある美が同居した感動を、読者に与えてくれる。自分は読み終えた後、頭がボーっとしてしばらく何も考えられなかった。今の日本の様々な惨事がある現状に絶望している人、本当に大切なものは何かを見失っている人にこそ読んで欲しい1冊である。
ちなみに、これは楽屋裏話になるが、Twitterで北野さんにお伺いした所、もともと保育園の送り迎えのときのなんとも妙な感覚を文章で定着しておこうと思って書きはじめた小説であり舞台は北野さんの地元に本当にある所を登場させている、ということだそうだ。これほど幻想的な感覚を日常で感じられる感性に驚くばかりである。



